こだわり野菜をもっと日本の食卓へ~進化する野菜宅配ビジネス【らでぃっしゅぼーや】/読んで分かる「カンブリア宮殿」



農家とタッグを組んで、有機野菜を家庭に

宅配サービスのらでぃっしゅぼーや。注文はネットやカタログを使って行なう。そこには全国の契約農家が有機栽培し、無農薬、低農薬で育てた野菜が、これでもかと載っている。

注文は一品からでも可能。でも一番人気が「ぱれっと」という旬の野菜詰め合わせだ。客は中身を選べず、らでぃっしゅぼーやにお任せ。野菜や果物が10種類入っているタイプで2841円から。また、らでぃっしゅぼーやは魚や肉、調味料なども取り扱っている。これも安心安全に、こだわったものだ。

らでぃっしゅぼーやは、全国の農家およそ2600軒と契約している。「華クイン」という珍しい品種のトマトを作ったのは、山梨の農業生産法人「サラダボール」。生産者の小俣康洋さんは、「華クイン」をらでぃっしゅぼーやに卸して10年になる。

「華クイン」は味が濃く、甘さと酸味のバランスが程よいトマト。ただし普通のトマトより多くの実をつけるため、常に間引きが必要で、手がかかるという。

手間がかかると言えば肥料も。有機栽培とは、化学肥料を使わない農法。ここでは米ぬか、籾がらなどを発酵させて肥料を作っている。さらに農薬については、無農薬、もしくは最低限におさえるのが、らでぃっしゅぼーやのルールだ。

小俣さんのらでぃっしゅぼーやの担当者は農産部の杉山貴文。農産部のスタッフは全部で25人。常に農家を回って生育状況などをチェックしている。

杉山は農家の生まれ。農産部の担当も長い野菜のスペシャリストだ。「どうしたら一番手間がかからず、病気が出づらいか、樹勢が落ちないか。そういう栽培はどれかという話をします」と言う。

こうして農家とらでぃっしゅぼーやがタッグを組み、安心・安全で美味しい野菜を作り出しているのだ。



安心安全な食材を維持するための仕組み

収穫した野菜は農家から直接、全国5ヶ所の配送センターに送られる。

東京板橋区にあるのは、関東エリアを受け持つ配送センター、首都圏センター。奈良から来た小松菜に、キャベツは静岡から。全国から野菜が集まっている。野菜は新鮮なまま箱に詰められ、いよいよ出荷となるのだが、最後に箱に紙が挟まれた。実はこれが重要だと言う。

書かれているのは農薬の使用状況。ほとんどは「無」だが、中には使っている物もある。例えばあるジャガイモには、「有2」「菌1」とある。「有機農法で認められた農薬を2回、殺菌剤を1回使った」という意味だ。

さらには生産者の名前に、住所の番地まで書いてある。野菜宅配の大手の中で、ここまでやっているのはらでぃっしゅぼーやだけだという。まさに顔の見える野菜。生産者には食べた人たちからのお礼状が届いている。農家を出てから36時間以内に利用者に届けるというのも、らでぃっしゅぼーやのルールだ。

今や会員数16万人。それを率いる国枝俊成の信条は、「独自性を生かして伸びていけば、自ずと安心安全な食材が、日本により広がっていく」というものだ。

全国の「お宝野菜」を掘り起こせ

国枝の言う「独自性のある取り組み」の1つが、「いと愛づらし」シリーズだ。

キュウリの元祖といわれる赤キュウリ「モーウィ」、大阪の「黒門キュウリ」、北海道の巨大キャベツ「札幌大球」、幻となった東京の「亀戸大根」……。一部の地方で古くから栽培されてきた伝統野菜。その地域以外には出回らず、見慣れないものが多い。らでぃっしゅぼーやはこうした野菜100種類を全国から発掘し、販売している。

仕掛け人の農産部・潮田和也が探し訪ねる農家は年間400軒。「消えかかっているけれども、実はとてもおいしい。それを説明して届ければ、地方にはこんなにおいしい野菜があるとアピールできます」と言う。

この日、訪ねたのは群馬県の太田市。潮田がここで発掘したのは、見たことのない大きな葉っぱの野菜「大型山東菜」。白菜の仲間だが玉にならず、夏に採れる。この地域では室町時代から食べられてきたと言う。しかし、メジャーな野菜ではないのでスーパーなどでは扱ってもらえず、生産する農家も激減した。それが「いと愛づらし」シリーズに選ばれ、1個230円で販売を始めると、大人気になったのだ。

こだわり野菜の価値は少しずつ浸透。今やらでぃっしゅぼーやは、同じ有機野菜の宅配会社の中で売上げ、会員数ともにトップに立つ。



NTTドコモ×野菜の宅配、知られざる改革の中身

携帯電話のドコモショップの店内に「らでぃっしゅぼーや」のディスプレイが。実は4年前から、NTTドコモのグループに入ったのだ。だからドコモの通販サイトからも、らでぃっしゅぼーやの野菜が買えるようになり、客層が広がったと言う。しかし、変わったのはこれだけではない。

らでぃっしゅぼーやは1988年、市民団体を母体に誕生。順調に会員数を伸ばしていった。しかし人口の減少やライバルの出現で、2009年頃から売上げはジリ貧となって行く。そんな中、2012年、らでぃっしゅぼーやはNTTドコモに買収された。

国枝が社長に就任したのは、その2年後。若い頃はNTTのエンジニアとして通信設備の設計を行なっていた。その後、ドコモ・九州支社社長などを歴任。農業はまったくの門外漢だった。

「新しい組織に来たので、社員がどういう思いで仕事をしているのか、どういう課題認識を持っているのかが一番知りたかった」(国枝)

自ら様々な現場を回った国枝はある日、配送センターの箱詰め作業を見て驚いた。

詰められていたのはふぞろいの野菜。中には小さすぎたり、虫がついているものも。有機野菜とはいえ一定の基準があるのに、それを明らかに満たしていなかった。

どういうことなのか。そこにいた社員に問いただすと、「農家が一生懸命作ったモノですから。これくらいは……」という答えが返ってきた。生産者を大事にするのはいいが、顧客目線がおろそかになっていると感じた。

この出来事をきっかけに、国枝が始めたことがある。

東京新宿の本社の一室に続々と集まってきたのは役員たち。始まったのは月に1回の会議である。しかし誰もしゃべらず、流れてくる音声にじっと耳をすませている。役員みんなで聞き入ったのは、「新タマネギが届いたけれど、明らかに茶色に変質している。へこんでいるのをなぜ見落としたのか」といった客からのクレームだった。

紙での報告ではなく、生の声を聞くことにこだわっている。

「日々の業務にもう少し顧客志向の要素を取り入れてほしいな、と」(国枝)

数日後、配送センターをのぞいてみると、クレームのあった新タマネギを袋詰め中。一つ一つ触って、傷みがないかチェックする姿が。現場の隅々まで情報を共有し、いち早く対応できる仕組みを作ったのだ。

重要なのは「現場が客の声を共有すること」

会社の体質から変えようとしている国枝が重視していることが、もう一つある。

客と唯一、顔を合わす配送クルー。およそ300人全員がらでぃっしゅぼーや専属で働いている。

この日は、出発前にクルーが集められた。始まったのは野菜の勉強会。生産者を招いての勉強会が定期的に開かれ、クルーは野菜に詳しくなっていく。一つ一つの品種の味まで頭に叩き込むのだ。

それはすぐに生かされる。らでぃっしゅぼーやの配送クルーはセールスマンの顔も持つ。注文が取れれば、利益の一部はクルーに入る。国枝はその割合を以前より増やした。

さらにやる気を引き出すために始めたことがある。

女性クルーの大澤菜穂子は、接客のやり方を自分で考え実践している。傷みやすいトマトは新聞紙にくるんで渡す。こうしたちょっとした気配りが客の心を掴む。箱の中身を袋に移し替えることも。段ボールを持ち帰ればゴミにならない。これも大澤のアイデアだ。

「自分が会員だったらこうしてほしいな、ということをやっています」

そう語る大澤が宝物を見せてくれた。客の娘さんが作ってくれたという飾りだった。こんな信頼関係が大きな武器になる。

4月下旬、全国の配送クルーが集められた。始まったのは表彰式。国枝は今年から配送クルーに対し営業成績や無事故など、5部門の賞で表彰するようにしたのだ。

そこには大澤の姿もあった。お客から届いた「喜びの声」が評価され優秀賞に。待遇アップにくわえ影の努力も表彰される。これでモチベーションが上がればきっと顧客満足度も上がるはずだ。

国枝改革は数字にも表れている。社長就任後、業績はV字回復している。



多忙なママさんたちへの新提案

10分で簡単に料理が作れる野菜のセット「10分料理キット」。季節ごとに10種類、合計40種類が販売されている。セットに入っている野菜や肉、調味料などは全て、らでぃっしゅぼーやの基準をクリアしたもの。

このセットを企画開発したのが商品部の東海林園子。忙しい子育てママのために考えた。

「時間がないという人が多いので、いかに手軽に、でもできるだけ完全加工品ではなく『少しでもお母さんの調理が加わったものを』ということでスタートしました」(東海林)

赤城山の麓に広がる群馬県・昭和村。契約している農業生産法人「野菜くらぶ」に、東海林は新メニューの食材探しにきた。

畑一面の緑は無農薬で作られた肉厚のホウレンソウ。新メニューの材料に決めた。

この農業生産法人には野菜の加工工場もある。ここに10分料理セットに入る野菜のカットを委託している。

さっそく新メニューの試作用に野菜をカット。まずは肉厚のホウレンソウ。カットを見つめる東海林の手にはなぜか定規が。ほうれん草を測り始めた。5センチ。続いてやはり試作品に使うタマネギ。こちらは2・5センチ。長さを揃える理由は、「他の野菜と一緒に投入したときに、同じように火が通るようにする」(東海林)ためだ。

さっそく工場のキッチンで試作メニューを作ってみることに。ホウレンソウをはじめ、様々な長さにカットした野菜を一気に炒める。計算通り、それぞれの野菜にほどよく火が通った。ここで投入するのは、セットに入っている生パスタ。味の決め手、青森県産の低農薬ニンニクで作ったガーリックソースも加え、あとは全体にまぜていくだけ。

らでぃっしゅぼーや自慢の、野菜がたっぷり入った夏野菜のパスタができあがった。

日本の食卓にもっと有機野菜を

村上龍は国枝の、「人口規模からすると、日本のオーガニック(有機野菜)はまだ小さい」という発言に注目した。国枝はその現状と将来性について、次のように語っている。

「EUや北米には4~5兆円の市場があり、人口対比からすると、日本の有機野菜市場は1兆円なければおかしい。ただ現状は約1500億円です。日本のような高温多湿の気候の中で有機野菜を作るのはどうしてもコストが割高になるなど、理由はいろいろあるのですが、我々の業界のPR不足も否めない。それをしっかりやれば、日本の市場ももっと大きくなると思います」

そんな国枝が、自らライバル会社、「大地を守る会」に乗り込んだ。そこで待ち構えていたのは、しのぎを削るライバル2社の社長、「大地を守る会」の藤田和芳と「オイシックス」の髙島宏平。いわば商売がたきを相手に国枝が切り出したのは、「オーガニックの業界をもっと大きくしようという趣旨で、業界全体に通用するプラットフォームを作ったらどうか」というものだった。

実はこの3社、それぞれ独自の基準で有機野菜を作り、販売している。これを統一すれば消費者はより分かりやすくなる。協力しあって市場を広げよう、という提案だ。

日本の食卓にもっと有機野菜を。その新しい種が蒔かれた。



~村上龍の編集後記~

「らでぃっしゅぼーや」の成果の象徴、それが「いと愛づらし名菜百選」ではないかと思う。

地方・地域の、希少な伝統的野菜を紹介し販売する。生産そのものが困難になりつつある野菜をよみがえらせる、それは貴重な資源の再発見と維持につながる。

野菜は「生きもの」で、生産が止まると、その種は絶えてしまう。

国枝さんは元エンジニアだが、有機農法へ正統な敬意を抱き、その重要性を正確に把握している。

領域は違っても、優れた技術は、人々の幸福に貢献することを熟知しているからだろう。

<出演者略歴>

国枝俊成(くにえだ・としなり)1954年兵庫県生まれ。1978年、東京大学工学部卒業後、日本電電公社(現NTT)入社。NTTドコモ国際ビジネス部長、執行役員を経て、2014年5月、らでぃっしゅぼーや代表取締役社長に就任。