2011年の東日本大震災で最も被害が大きかった町のひとつ、岩手県山田町。死者の数は600人を超え、150人以上が行方不明というたいへんな被災地だ。三陸きってのウニの産地として知られているが、庶民のおやつといえば「山田せんべい」。その歴史は古く、江戸時代までさかのぼる。
山田町が南部藩の領地だったころ、とある団子屋の老婆が枕元に立った不動明王から 「米粉、胡麻を混ぜて飢饉に備えよ」 とお告げがあった。 老婆は言われたままにうるち米を薄くのばして乾かし、せんべいとして売ったら 大好評。以降、山田せんべいとして今まで伝統の味を受け継いできたという。
1枚の大きさは大人の男性が広げた手よりも一回り大きい。1枚つまむと薄く軽くて、ずっしり重い醤油せんべいとは印象が違う。うっすらとグレー色なのは胡麻が入っているから。表面に黒いつぶつぶが見える。パリッとした食感で、ほんのりと甘い。このまま食べてもうまいが、マヨネーズをつけたり、肉味噌などをのせてもよさそうだ。
製造元は「太田幸商店」。実は太田幸商店は大震災で被災し、店も店主の自宅も工場の機械類もすべて津波に流された。現代表・一幸さんの両親(先代)も津波にさらわれ、今も母上は見つかっていないという。そんな中で2014年4月に復活した山田せんべい。山田町の人々だけでなく、全国で待ちわびていたファンはどれほど喜んだことか。
ちなみに山田せんべいは、「焼き」のほかに火を入れない「生」があり、こちらはモッチリとした食感。生春巻きの皮の感じといおうか。「生」もほんのりと甘さがあり、そのまま食べてもよいし、少しあぶれば香ばしさが出る。
どちらもあまりにも素朴な味なので、今の子供たちには物足りないのではないか、と余計な心配をしてしまう。ビタミン、ミネラルの宝庫・胡麻を細かくすり潰し、米粉と混ぜ合わせて1枚ずつ丹念に焼く手のかかる名物。
今は深く澄んだ三陸の海と空に思いを馳せながら、1枚ずつ噛み締めたい。
■太田幸商店
http://www.yamadasenbei.com/