高橋良輔監督『FLAG』総論

●志が心に染みるアニメ――『FLAG』

<リード>

斬新なカメラ視点、迫真の映像素材、ドキュメンタリータッチの編集。本作は、デジタル技術で新展開を迎えるアニメシーンに大きな意義を刻みこんだ。その映像が見せるものとは?

<本文>

 冒頭――レンズの円形が大きく写し出され、リングが機械的に回転する。それは、これから写し出される映像は、すべてレンズを通り、何者かがフレームという意図で切りとったものであることを意味する。そしてそのレンズは観客である「あなた」をとらえ、「作品も、あなたを見つめる」と無言の宣言を放つ。こんな硬質の極みを初手から突きつけるのが、『FLAG』というアニメ作品の表現だ。

 喚起された期待に応えて、画面は驚異の映像を次々に展開し始める。戦場のスチルや動画と生活感あふれる日本のスチルが交錯し、シャッター音がカットを刻む。永劫の時空を漂流するかの音楽に乗せ、男性が渋い独白を続ける。やがてゲージや表示のついたカメラ画面はフレームを揺るがせながら移動し、対象を捉え始める。結局、カメラを操作する語り部はなかなか写らない……。

 これは、誰かが事物を見つめて解釈をしている語り口。「人称」を明らかにしながら、その地平で人肌を求めてドラマを展開させる新しい作法なのだ。

 このようにして既存のアニメ映像の文法をはるかに超越した表現が、「何か特別な感じ」をフィルム全体に賦与する。そして、物語の主舞台が現実と地続きのリアリティあふれる紛争地域だとわかり始めると、そのフィーリングはテロが身近という現実の恐怖感に直結し、主人公・白州冴子とともに観客をその地へと誘い、没入させてくれる。

 これは紛れもなく、高い「志」を旗印に掲げた大人の作品だとすぐにわかる。胸に染みる芳醇な味わい、映像が途切れた後もなお胸をときめかせる感興は、「志」が心に共鳴した結果、もたらされたものに違いない。

 こんなにも渋く、成熟という意味での「大人向け」の作品をものにした原作・総監督の高橋良輔は、かつてTVアニメ『装甲騎兵ボトムズ』('83)で、既成のロボットアニメの枠組みを大きく崩し、観客を瞠目せしめたアニメ作家である。題名はロボット名ではなく、戦争状況下で底辺に位置する人びとの意味。登場するロボット“スコープ・ドッグ”の顔面には人の意匠はなく、ターレットに硬質な3個のレンズがあるのみ。直前の高橋良輔監督作品『太陽の牙ダグラム』('81)も、内線状態にある熱砂の惑星を舞台に、戦闘ヘリのキャノピーのような顔を持つロボットがゲリラ戦を繰りひろげていた。

 こうした作品では架空の惑星が舞台に選ばれていたが、それはアニメがようやく児童観客オンリーの時代を抜け、青少年に拡大しつつあった時期のこと。「2006年の大人を意識したら、高橋良輔作品はここまでやれる」という点でも、『FLAG』は非常に納得のいく濃密な時間を提供してくれるのである。

 では、現行の他のアニメ作品と『FLAG』の映像テイストは、何がどう違うのだろうか? その核を凝縮すれば、「緊張の連続が醸し出す臨場感」ということになる。それを底支えするのが、「誰がどんな機材でどのような状況下で撮影したのか」をクリアに伝える「カメラの人称表現」だと言える。

 元来、物語を伝える映像作品とは「カメラの存在」を無視または排除して表現を構築する。被写体を撮影している者を実感すると虚構から現実に引き戻され、映像内部への没入を妨げるからである。ところが『FLAG』では、セミドキュメンタリータッチ、つまり「恣意的に撮影された映像を編集したもの」という擬似形式でまとめることにより、逆にカメラの実存を前面に押し出した。ストーリー的にも「カメラマンの物語」とすることで、その正当性は補強されている。「カメラ自体の放つ語り口の強さを見よ!」と示す姿勢自体が、「カメラなんてない」というお約束感を逆なでして、自然な緊張感を呼ぶのである。

 ここでは「アニメーションによる映像」という手法が、虚実の逆転手段として巧みに使いこなされている。カメラの存在同様、「誰かが描いた画」という側面が強調されると、観客は引いてしまう。それに対して『FLAG』では驚くべきレベルで「偶発性」を多数盛り込んでいる。大多数のアニメ作品では、きれいに整えられたレイアウト(画面構成)の中で、キャラクターは格好良く決まったポーズから次の決めポーズへと動き、様式化された表現を行う。ところが『FLAG』では、カメラはいつどこに振られるか不明だし、被写体がどこで動き始めて何が起きるか、まったく予測不能である。これは話数が進むとエスカレートし、戦地にカメラが赴くようになると、ミッションの段取りの無機質さが重なって、自分も撃たれるかもしれないという強度の緊張感が発生し、極上の臨場感につながる。

 こうした臨場感は、寺田和男監督以下、ハリウッド向けの高品質映像を作り続けてきたスタッフの高い画力、空間構成力が成し得たものだ。それがデジタルによる映像処理によって強化されて達成できた、高度な技術の成果である。同様にハリウッド・クオリティの音響制作を続けてきた百瀬慶一音響監督による5.1chサラウンドが、最後にその臨場経験を至上の経験へと高めてくれる。

 『FLAG』のスタッフが「旗」として掲げたものとはこうしたものの集積である。観客も「旗の高み」を見守るうちに、いつか必ずある地平に到達する。そこにはきっと輝く「志」が見つかるだろう。

 物語はようやく折り返し点を過ぎたばかりだ。冴子の運命とともに、作品の目ざす高みを見続けていきたい。

【2006年10月3日脱稿】初出:DVD『FLAG Vol.3』解説書(アニプレックス)