間口広く奥の深い 漫画映画の世界

 実を言うと子どものころ、映画館には連れていってもらえなかった方なので、「漫画映画」の記憶はあまり残っていない。それでも『わんぱく王子の大蛇退治』だけには、特別な思い入れがある。「これこそ漫画映画」という強烈な認識が残っている。初見時に関しては、映画館(たぶんデパート内の劇場、大丸だったのではないか)の緞帳に刺繍されたクジャクの色合いまで記憶しているので、よほどすごく印象深い経験であったのだろう。映像的には、オロチの背びれが山間から見え隠れする巨大感あふれるショットや、ゆっくりと色を変化させるオロチの体色、ハイライトのない目の色などが、心中鮮やかに焼きついてしまった。これは後々の怪獣とアニメまみれの自分の人生にも、けっこう影響が大であるように思う。

 本作は日本神話をベースにスサノオノミコトの国造りを描いたものである。原作たる神話は、さまざまな研究書が示しているように、ある見方をすればおとぎ話ではなく現実の断片である。古代日本、侵略の遠征の結果として、征服者による歴史的記録が記され、それが説話に変化したもので、中には生臭い話が語り部の工夫でメタファー化されてさまざまに散りばめられているという。

 日本神話のように、現実を抽象化、暗喩化してファンタジーにした物語を、さらにもう一度、もう一段階、抽象度を上げてアニメーションとして映像化したのが『わんぱく王子~』ということになる。もしかしたら、この二重の抽象化が漫画映画としての純度を高めているとしたら、どうだろうか。

 スサノオやクシナダのキャラクターのルックは、当時から自分は好みだった。それ以前の東映動画長編作品、たとえば『少年猿飛佐助』や『安寿と厨子王丸』あたりの隈取りを連想させるキャラクターは、怖くて取っつきにくいという印象があった。それとは違うと、当時未就学児童の筆者の目から見ても好感度が高く、感情移入しやすいキャラクターだったことが、記憶に残る部分を強化する。そのデザインは、もりやすじ氏の手によるもので、以後たとえばTVアニメ『ハッスルパンチ』や『宇宙パトロールホッパ』など個人的に好感度高いものが続く。それらが、同じ森氏の手によると知るのは、かなり後のこととなる。

 それにしても、このキャラの抽象化はおもしろい。複雑な面構成を持った人体や顔面を、円筒や卵型のように簡略化されたアブストラクトな形状に置き換え、しかも無機質にならないように留意しつつデザインした、そのバランスが絶妙なのだ。また、動きに関しても、ディズニーなど欧米のアニメーション特有の「スクオッシュ&ストレッチ」(ゴムのような潰しと伸び)も、そんなに全面に出ず、くどさが感じられない。もっと簡潔で要領を得た動きで、その淡泊さが良いのだ。こういう秀逸さは、今なら言葉にも置き換えられるが、当時5歳の子どもではなぜかは理屈ではわからなかった。なのに、その明白な差ははっきりと実感されていたと、改めて思い出す。

 見た目の簡略化で取りつきやすくしたキャラクターは、アニメーション的空間の中に置かれて演技したとき、実感を醸し出して観客の感情移入を誘導する。間口は広く奥は深く、リアリティも十分にあるという、そんな作法が『わんぱく王子~』には貫かれている気がする。事実、空間そのものさえも中盤までは比較的平板に、舞台の書き割りのようなものとして描かれているのだが、スペクタクルシーン、特にクライマックスの対決では、崖や森など地形を利用した空間設計が成されていて、思いっきり立体的になる。その転換が比較的シームレスに、感情の流れに沿って自然に行われているので、気づけば遠いところまで持っていかれたという感覚があり、それが大きなカタルシスにも結びついている。

 この「間口は浅く広く、奥は深く」という作法こそが、日本版漫画映画の特質なのかもしれない。キャラの丸みとかわいさ、抽象性につい心を許すと、深い異世界へと連れられて、ドラマを演じる者たちにも共感を持たされて、気がつくと興奮と涙。清冽なアニメーションとしての個々のモーションの快感と、情動(エモーション)の同期があって、初めて感動がもたらされる。

 そういう観点で考えてみると、「これぞ漫画映画」という実感は、個々の作品に断片があるだけで、この方向性を総合的に極めきった作品は、かなり稀少なのかもしれない。逆に言えば、そこにまだ掘りつくされていない膨大なる鉱脈が眠っているということになるのだろう。そこを目指すアニメーション作家はいないのだろうか。そういえば、ゲーム『ゼルダの伝説 風のタクト』や『ポポロクロイス物語』などのキャラクターは、『わんぱく王子~』系に感じられた。意外にその方向からのアプローチに、次世代の漫画映画のブレイクスルーがあるのかもしれない……。

【2004年5月21日脱稿】初出:図録「日本漫画映画の全貌 その誕生から『千と千尋の神隠し』そして…。」2004年7月15日~8月31日 東京都現代美術館にて開催(企画:アニドウ 製作協力:スタジオジブリ 構成:なみきたかし 監修:大塚康生)