「機動警察パトレイバー」5.1チャンネル版解説

題名:サウンドの差から読みとれるもの

 デジタル時代が本格化して、5.1チャンネル音響で家庭でも劇場なみの高品質の視聴環境が安価に実現できるようになった。設備があれば、あとはソフトだけというのが現状だ。その中で信用のある旧作の音響をリニューアルするというのは、堅い方法論と言える。アニメで押井守監督による劇場版『機動警察パトレイバー』の2本に白羽の矢が当たったのも、実に妥当な線だ。

 オリジナルはドルビーの2.0チャンネルだった。これが5.1チャンネルになるとどう変化するか。DVD解説書の斯波重治音響監督による変更ポイントを整理する。まず、6チャンネルに増加することで音の分離が良くなり、音の移動という要素を強く出せる。そして、ウーファーにより低音の増強が行われる。これらを活かすことで、画面に臨場感と拡がりが生まれる。

 音素材に関しては、たとえば音楽についてはマルチトラックのオリジナルを活かしつつ、コーラスとストリングスをシンセから生楽器に置き換え、響きを重視して補強が行われた。声優は、1作目ではセリフ素材が失われていたため、オリジナルの演技を確認しつつ再アフレコを行った。

 押井守監督の取り組みとして興味深いのは、「観客に拒絶反応を起こさせないように、生理と快感原則を優先した」(DVD解説書趣意)という点だ。5.1チャンネルというと、スペックをフルに使う強迫観念でウーファーを鳴らしすぎたり音を回しすぎたり、立体的に配置しすぎたりしてかえって聴きづらくなるケースがあるのではないか……そういう危惧があったため、手堅くやることを優先したという。

 さて、実物のインプレッションはどうだろうか。オリジナル音声と切り換えながら比較を行うと、手堅いと自称されているものの、確実なパワーアップが実感される。1作目冒頭、帆場が投身自殺するシークエンスから、音響の増強効果は明瞭だ。カーンという映画全体を貫くイメージサウンド、スチールドラムの音が抜けるがごとく透徹に響き、何度も観ている映画ながら新鮮な気分に満たされる。ツカミのレイバー暴走シーンも圧巻だ。次々と落下傘でダイブしていく自衛隊レイバーの風切り音やパラシュートのはためき音の細やかさ、飛び散る薬莢の金属残響感など、音を媒介にした画面へののめり込み度が強く感じられる。

 圧巻はクライマックスの台風である。この映画では、風の音がストーリーのキーになっている。その音が、ある音は重々しく、ある音は甲高く、全体として多層に響くことで禍々しさがより強調され、緊迫感を増している。

 2作目については、ほぼ全編にわたり連続してつけられている音楽の圧迫感が印象に残った。音の構成で首都に発生する「状況」の威圧感が増加して感じられる。実は逆にオリジナルの音楽の連続感が、すっと抜けた箇所がある。物語冒頭、国連レイバー隊が壊滅して、柘植がひとり出てくるカットでは、オリジナルにあった音楽が消され、雨音だけで構成されているのだ。これによって、全体でほとんど姿を見せない柘植の心情が、冷たい音でより明瞭に浮き彫りになり、映画全体の印象が変わった気すらした。

 細かい違いを追うときりがない。これらの例からもわかるように、5・1チャンネルというとすぐ連想される銃撃戦の派手さや、ウーファーから出る音圧のこけおどしで飾られた爆発、というものとは違う可能性を追求したリニューアルである。そこには押井監督による明快な演出プランと観客をどうもてなすかという目的意識がある。それに応えた斯波監督ら音響スタッフのプロの技が感じとられる。

 映画の本質が変わるほどの変化ではないが、こういったことからもスタッフの意図と視線があらためて確認できるのが面白いわけだ。未見の方は、ぜひご自分でも試していただきたい。

(参考文献:バンダイビジュアル「機動警察パトレイバー ザ・ムービー」「同2」DVD解説書)

【2000年12月14日脱稿】「押井守全仕事 増補改訂版」(キネマ旬報)