謝罪ではなかった、宮迫動画の目指したもの

闇営業事件で所属事務所・吉本興業から契約解除された宮迫さん。ユーチューブで、迷惑をかけたことを詫びる動画を配信しました。テレビ朝日の取材で動画分析をしましたが、私はそもそも謝罪動画ではなかったのではないかとコメントしました。その意味は・・・・・・・

・賛否

ユーチューブで公開された宮迫さんの動画は、ワイドショーなどでも伝えられ、見た視聴者からは賛否が寄せられています。7分に及ぶ動画は、ホテルのような部屋で、カジュアルなジャケットにあごひげもそのままに、テレビで活躍していた時と差がありません。謹慎に至った迷惑を詫び、その上で芸能活動、表現活動としてのお笑いをやりたいと、切々と訴えました。

途中相方の蛍原さんについて、お笑いへの気持ちについて、言葉を詰まらせるシーンや涙ぐんでいるように見えるシーンもありました。

私は本当に宮迫さんは感極まっているのではないかと感じましたが、だからといってそれ以上にどうとも思いませんでした。泣いたり感情を露わにするのは、謝罪としては逆に反発を招く態度です。

・謝罪なのか?

ユーチューブでもテレビ局でも繰り返し動画を見ましたが、私の率直な感想は、これって謝罪なのか?という疑問でした。スポーツ紙始めネットニュースでも、宮迫謝罪動画!と報道されていますが、謝罪なのだとしたら、この動画の結果どうしたかったのでしょうか。

謝罪は単なるお詫びではなく、危機管理コミュニケーションです。動画配信の結果、何らかの状況変化や行動変容といった「成果」を狙って行わなければなりません。

やはり強く感じたのは違和感です。特にホテルの一室なのか、マンションなのか、よくわからないゴージャスそうなソファに座り、カジュアルなジャケットを腕まくりし、あごひげもたくわえたまま話す姿は、謝罪とは映らないでしょう、

こうしてマスコミに出れば、これまで寄せられたような多くの批判を呼ぶことは当然予期できます。そうであればそうした批判を少しでも抑えたりして、芸能活動への本格復帰への地ならしのような状況に至れるような内容とすべきではないでしょうか。

・ユーチューバーと芸能人の違い

この動画は人気ユーチューバーの方も制作に関わったそうです。もしそうだとしたら、宮迫さんの目的はユーチューバーになることでしょうか?地上波中心の、芸能人としての現場復帰ではないのでしょうか。

ユーチューバーであれば、炎上でもビューさえ稼げれば課金でき、結果として注目さえ浴びれば良いという動画は成立します。しかし地上波芸能人はそうはいきません。

動画の中で声を詰まらせるシーンも、「わざとらしい」「演技だろ」という批判は当然呼ぶことでしょう。そうした批判を減らすには、少しでも感情的なシーンは出すべきではありません。動画なら撮り直してでも、アナウンサーのように淡々と、感情を込めずに語るべきだったと思います。

・真の目的

つまりこの宮迫謝罪動画は謝罪ではなく、今後ユーチューバーとして宮迫チャンネルを告知するためだったとすれば、動画内容と結果は一致するのです。ここまで注目を浴び、ユーチューブチャンネルを見る人が増えれば良いのですから。

しかし、そのようなユーチューバーとしての活躍を、本当に宮迫さんは望んでいるのか、私は疑問に思います。謝罪動画ではなく、自らのユーチューブチャンネルの告知動画だとしれば、いや、そうした広告動画だと受け止められてしまえば、宮迫さんへの反発は強まることはあっても減ることは期待できないでしょう。この動画戦略は正しかったのでしょうか?

戦略的にコミュニケーションを行うには必ず目的がなければなりません。何となく感情で流す発言は、炎上やこの先のキャリア修復においても不利に働くリスクがあります。謝罪会見を筆頭に、こうした戦略的コミュニケーションという視点がないまま行ってしまったものは、結局事態を好転させるどころかより難しい環境を招いてしまうことになります。