悪徳業者急増の中で、客が絶賛する住まいづくり
震災後、耐震補強を偽る工事など、リフォームの被害相談が急増している。住宅リフォーム紛争処理センターによると、2011年以降、相談件数は増加しており、2014年には6000件を超えた。
ところがそんな中、横浜市に、リフォームがブームとなっている地域がある。
例えば、ある家庭ではキッチン。居間に隣接したキッチンは壁で仕切られ、流し台は、窓側を向いていた。密閉された台所に、長年不満を感じていた奥さんが、思い切ってリフォームをした。対面キッチンで居間と一体となり、抜群の開放感。以前は薄暗かった居間も奥のキッチンとつながり、明るくおしゃれな空間になった。費用は総額350万円。ご主人までキッチンに立つようになった。
別の家庭が行なったのはさらに劇的なリフォーム。実は1年前まで築50年のまさに昭和の住宅だった。小さく区切られた和室と台所と居間の3部屋。それを1つの空間にしたのだ。中央に立っていた柱を取り除き、一気に広々としたおしゃれな空間に生まれ変わった。総額600万円。天井の梁を補強することで、中央の柱を抜くことができた。
リフォームは部屋をおしゃれにしたり、便利にするだけではない。
佐々木信子さん宅のリフォームはちょっと変わっている。キッチンにあるガラス張りの棚を、壁をくりぬいて作ったという。そこには小さな置物がずらり。佐々木さんの箸置きコレクションだ。料理中、今日はどの箸置きを使うか、コレクションを眺められるよう特注の棚を作ったのだ。費用は15万円。
「他の工務店や大工さんは、こういう細かい作業は嫌がります。どんなことでも嫌がらずに即、やってくれるんです」と、リフォーム会社の仕事に満足そうな佐々木さん。それもそのはず、車椅子だった旦那さんのために、部屋と部屋の間の段差をなくす板も無料で作ってくれたのだ。
これらのリフォームを手掛けたのは全てさくら住宅。横浜市栄区桂台地区では、およそ4000世帯の5軒に1軒がさくら住宅でリフォームをしているという。
困った時の頼れる「住まいのかかりつけ医」に
悪徳業者がはびこる中、そこまで信頼されるさくら住宅は、パートを入れて従業員45人の小さな会社。ひっきりなしに客からの電話があり、従業員は次々と現場へ飛んでいく。
リフォームの一部始終を見たいと、社員の船津啓史に、同行させてもらった。
到着すると、待ちかねていた依頼主。どんなリフォームかと思えば、亀裂の入った柱を直して欲しいという。船津はそんな依頼にも素早く対応。車に積んであった木材を自ら切り、傷ついた柱をぴったりのカバーで覆った。料金は、出張費と材料費込みで5000円。
船津は慌ただしく、次の依頼主の元へ。どんな依頼かと思えば、電気のスイッチの具合が悪いという相談だった。すると船津、すぐに電気工事業者に連絡。職人を連れて、再び訪れた。電気工事はささいな修理でも、プロの手が必要なのだ。作業すること15分で、修理完了。職人を呼んで、料金はやはり5000円。
「採算がとれる、とれないよりも、小さな工事にいかに迅速に手間を惜しまず対応するかが大切だという思いで、日々仕事をしています」(船津)
客の依頼は、リフォームというより、儲かりそうもない小さな修繕ばかり。実は多くのリフォーム会社、手間の割に儲からない修繕の仕事は、やりたがらない。さくら住宅は、そんな仕事を率先して引き受け、料金3万円以下の小口の仕事を、依頼数の半数近く、年間800件もこなしている。目指すのは「住まいのかかりつけ医」だ。
「儲からない仕事」で18年連続黒字の秘密
だが、そんな儲からない仕事で経営がどう成り立つのか。その秘密を、営業部の山口貴也が見せてくれた。
些細な修理でよく訪ねる高橋直也さんのお宅。ある日の依頼は、流れが悪くなった2階の雨樋。山口が雨樋の詰まりを根気よく取り除いてくれたという。
そんな山口に信頼を寄せた高橋さんが、ある工事を依頼した。それが大規模なリフォーム工事。1階の台所を増築、2階の間取りも大幅に変更して、総額1600万円。
「小さな工事をきちんとやってくれると、次もお願いしたい心理になりますよね。それで大きな工事も頼んでみようかな、と」(高橋さん)
さくら住宅は、小さな工事を快く引き受けることで、大きなリフォームの受注に繋げているのだ。数では4割を占める小口の工事だが、売上ベースではわずか2%。大口工事でしっかり稼いでいるのだ。
工事開始から5カ月。高橋さんの家の内装が完成した。狭かったキッチンは増築することで広くなり、カウンターを設置。2階に2部屋あった子供部屋は、壁を取り払い、広々としたリビングに一変した。
以前リフォームした家を定期的にまわり、不具合がないかを聞いて回るさくら住宅社長の二宮生憲は、「お客様との距離をどれだけ近くするか。手間を惜しんだら終わりです」と語る。客の家を回れば、自然と注文が舞い込む。だからさくら住宅では、営業トークはあえてしないという。
さくら住宅本社の隣にある「さくらラウンジ」。何をするところか覗いてみると、この日はフランス料理の料理教室。しかも教えるのは有名ホテルの総料理長だ。別の日に覗くと、今度は上手な収納術を紹介する無料のセミナー。また別の日には、地元で絵を趣味で描いている人たちの絵画展が行なわれていた。実はさくらラウンジ、様々なイベントを行なう、地域住民の交流の場なのだ。
熱々のコーヒーは、訪れた人への無料のサービス。このさくらラウンジ、近隣住民のある悩みに応えるため作ったという。
「この町には喫茶店が1軒もないんです。だからこういう場所を開放して、ゆっくり話をしたらどうですか、と」(二宮)
もちろんここでも営業トークはなし。現在、さくら住宅は神奈川県内に5店舗。店から30分圏内で地域密着サービスを提供し、18年連続の黒字を叩き出している。
株主の65%~顧客との間のこれまでにない関係
ある日、さくら住宅の本社前に同社の株主たちが続々と集まってきた。そして貸切バスへ乗り込む。なんでも、年に一度の待ちかねたイベントがあるのだという。到着したのは横浜ベイホテル東急。豪勢な会場で開かれたのは、さくら住宅の株主総会だ。
社長の二宮が「いいことではなく、悪いことを言っていただきたい」と切り出す。ところが株主からの注文は、二宮の体を気遣うものばかり。実は株主の65%がさくら住宅の顧客なのだ。
ピアノの演奏が始まり、シャンソンを披露し始めたのも、さくら住宅の常連客。そんな客たちにふるまわれるのはフルコース料理。さくら住宅はこの日、顧客でもある株主に、最大限のもてなしをするのだ。
二宮には、リフォームを通して、顧客とこれまでにない関係を作ろうと格闘してきた歴史がある。
二宮はかつて大手住宅メーカーに勤めていた。営業マンだった二宮に、ある日、家を買って間もない客からクレームが入った。駆けつけると、新築の壁のクロスが剥がれていた。客は当然、直してくれと主張した。しかし、二宮がそのことを上司に報告すると、返ってきたのは「売ったあとまで面倒みる必要ない、いちいち相手にするな」という言葉だった。客との信頼関係など、誰も気にしていなかった。
「何棟売ったら勝ち。この業界は何なんだろうと思いました」(二宮)
値引きなし!長年の信頼関係が支えるビジネス
そんな業界に違和感を抱いていた二宮は、50歳で独立を決意。リフォームを専門とするさくら住宅を創業した。
だが二宮の目論見は甘かった。看板商品に据えたのは、キッチンと水回りを一括でリフォームするセット。高額ながらもお得感を打ち出した。しかし1年目は赤字だった。
打開策が見つからないある日、一人の客が店を訪ね、「洗面台の鏡が錆びて交換したいんですが、どこもやってくれないんです」と、依頼してきた。
手間賃はわずか3000円。利益は出ないと知りつつ、鏡を交換した。すると客は驚くほど喜んでくれ、次々と他の客を紹介してくれた。
二宮は、小さな修繕作業を重ね、信頼関係を作り、大口の受注を増やしていった。
大幅な値引き合戦が繰り広げられるリフォーム業界。ところが、さくら住宅の客は、「値切ったことはない」「かかるものはしょうがない。信用第一です」と言う。一方、工事をする職人も、「今はさくら住宅オンリーで、他社の仕事はやりません」。
さくら住宅と客との間に「値引き」という言葉は存在しない。値引きをせず、きちんと利益を受け取るからこそ、小さな工事でも快く対応できるし、職人たちも安心してきちんとした工事が行なえる。
長年かけて築き上げた信頼関係が、さくら住宅のビジネスを支えている。
「中小企業の社員間競争は会社にマイナス」
顧客回りに汗をかく入社4年目の営業マン、原目優介。お客さんが、お土産を持たせてくれた。さくら住宅流の丁寧な小口サービスで客に愛される原目。だが原目はある問題を抱えていた。社内で食い入るように見つめていたのは、今月の個人の売上高。同僚たちが軒並み数百万円を売り上げる中、原目はというと、一ケタ少ないたったの26万円。大口の契約がずれこみ、売り上げに計上されていないのだ。
でも、そんなに気にしてなさそうだ。その理由は、さくら住宅ならではの仕組みにある。
新規の客から依頼が来ると、いったん店長が預かり、売り上げの低い社員に優先して仕事を割り振る。思わず「助かった」と漏らす原目。
さくら住宅には、業界では当たり前のノルマがなく、営業マン同士が売上競うことを禁止している。
数日後、社内に歓声が。原目が大口契約をとってきたのだ。社員が競争せず支え合う。そんなやり方が18年連続の黒字につながっている。
村上龍の疑問は、「モチベーションを高めるために、競争を煽る企業も普通にある。競走はなぜいかないのか」というものだった。これに対して二宮はこう答えている。
「それをやり始めると、お互いの心が離れていきます。極端なことを言えば、お客様からの電話を、知らん顔をして、担当につなげないこととかがあり得ます。だから競走はさせてはいけない」
リフォーム業の価値を上げるネットワーク
埼玉県朝霞市。作業着姿で現場に向かうのは、リフォーム業を営む藤宮さん親子だ。依頼を受けたお宅に上がり、特殊なドリルを使って扉に穴をあけ始めた。丸い器具を取り付け10分ほどで完成。電気がついているか一目で分かる「あかり窓」。費用は出張費込みで3000円だ。
さくら住宅のように地元に愛されるリフォーム会社、藤宮工務店。家族経営で社長を勤める藤宮和子さんは、「さくら住宅の二宮社長にお会いして、リフォーム業をやっていく素晴らしさを教わったと思います」と言う。
東京武蔵野市のリフォーム会社、グッディーホームも二宮の教えを実践しているという。卯月靖也社長は、「お客様に必要とされることが一番大切だということを学んだ。実際、やってみたら、そうだな、と」と語る。
二宮流のリフォーム会社が増えているのだ。
二宮は、全国の同業者と横のつながりを作り、地域に信頼されるリフォーム会社を増やしていく活動を行っている。その甲斐あってか、多くの会社で売上げが伸びたという。
二宮が合同会議を立ち上げた理由は、悪質リフォーム業者の存在だ。
「業界が変わらなければいけないし、我々が変えていく力を出さないといけない」(二宮)
誰もが安心してリフォームを楽しめる世の中にする。それが二宮の最大の使命だ。
~村上龍の編集後記~
住宅のリフォームはやっかいだ。そもそも費用の相場がよくわからない。だからリフォーム会社を紹介、ランキングするウェブサイトが乱立している。
「さくら住宅」はとてもシンプルだ。新規注文ではなく、顧客との信頼を優先する。そんな会社が全国にたくさんあればいいと思う。
だが、どんな業種でも、利益よりも顧客との信頼関係を優先するのは簡単ではない。
「さくら住宅」からは人間性に充ちた暖かみを感じるが、二宮さんの経営戦術は非常に厳しい。
ヒューマニズムは、揺るぎない経済合理性からしか、生まれようがない。
<出演者略歴>
二宮生憲(にのみや・たかのり)1947年、愛媛県生まれ。1969年、ミサワホーム入社。1984年、細田工務店入社。1997年、さくら住宅設立。