米中貿易戦争勃発か ~米国の貿易赤字8000億ドル~

 トランプ流の「ディール(取引)」をテコにした貿易攻勢は世界から反発を買い、かえってアメリカを「孤立化」に追いやっている。とりわけGDP第1位と第2位のアメリカと中国の対立は、世界を貿易戦争に巻き込みかねないギリギリの瀬戸際にやってきた。

 アメリカは、中国の知的財産権侵害や中国政府当局による対中投資した外国企業の技術移転強要などに対して不満を表明。中国に対する制裁関税第一弾を7月6日に発動すると発表した。具体的には、赤字の大きな要因となっている鉄鋼とアルミニウムに、それぞれ25%と10%を上乗せする輸入制限措置をとる内容だった。輸入制限は、外国製品が増えアメリカの関連産業が弱体化すると国防に悪影響が出るためと主張。アメリカ通商拡大法232条に基づく措置だと指摘している。ただ、トランプ大統領は、アメリカの貿易赤字は約8000億ドル(約88兆円)に上っているので、中国だけでなく他の国にも高関税をかけて輸入を抑制。貿易赤字を縮小したいと考えていた。

 このため、中国だけでなくカナダやドイツなどEU諸国、NAFTA加盟国(北米自由貿易協定)にも「アメリカ第一」を掲げて保護主義的政策をとると宣言した。その結果サミット(G7)参加国から猛反発が出て、サミットは「G6対アメリカ」と分裂状況になっているのが実情だ。

■韓国は対米自主規制で制裁回避へ

 アメリカが貿易黒字になっている相手国はオーストラリアの146億ドル、アルゼンチンの47億ドル、ブラジルの76億ドルなどで、これらの国には輸入制限を適用せず除外することを明らかにしている。また、韓国は229億ドルの赤字となっているが、鉄鋼の対米輸出を自主的に規制すると譲歩しているので輸入制限措置は取らない方針だ。

 アメリカの貿易赤字が最も多いのは、中国で3752億ドルとアメリカの赤字の約半分を占めている。その他ではEU全体で1514億ドル、メキシコ711億ドル、日本688億ドル、カナダ175億ドルの赤字――などとなっている。このため、アメリカの貿易赤字国に対し様々な対抗関税をかけ、赤字縮小に努めたいとしているわけだ。

■EU、メキシコなどは対抗措置へ

 これに対しEUやカナダは、既に一部のアメリカ製品に対抗関税をかけると表明し、メキシコも対抗関税を発動しているのが実情だ。アメリカはカナダの素早い対抗関税措置に怒り、サミットの宣言にも署名しないと突っ張っているわけだ。

■中国は対抗措置を発動

 こうしたアメリカの姿勢に対し、中国は既に豚肉やワインなどのアメリカ産品に対し対抗関税を発動。真っ向から衝突している。またEUも対抗関税を検討すると表明する一方で摩擦緩和に向けた通商協議を呼びかけている。態度がはっきりしないのは日本で、アメリカに適用除外を懇願している。しかし、「日本を特別対応するわけにはいかない」とするアメリカに対し、摩擦緩和の通商協議を呼びかけているものの、今のところアメリカには日本を特別扱いする気は無いのが実情だ。アメリカは中国に対しアルミ、鉄鋼以外の製品にも制裁関税をかけるとしているので、貿易大国の第1位のアメリカと2位の中国が正面衝突する可能性も強まっている。

 かつて世界は、アメリカが自国産業保護のため関税を引き上げたことをきっかけに各国も報復に走り、その結果“ブロック経済”化が進み、結局第二次世界大戦の引き金になったという苦い歴史を持つ。その二の舞とならぬようにするため、世界ではIMF(国際通貨基金)・GATT(関税・貿易一般協定)体制を創設し、自由貿易体制の維持や為替の切下げ競争を二度と繰り返さない制度を作りあげたのだ。

■保護主義から第二次大戦への歴史

 今回のアメリカの“アメリカ第一主義”はその思想を真っ向から否定するもので、世界は“貿易戦争”に突入する危機に直面しているとみることもできる。特に中国は第二次大戦前の貿易戦争の経験やIMF・GATT体制実現の経緯などに疎く、実際に体験していないため、力をつけてきた“昇り龍”の勢いにまかせてアメリカとぶつかると世界の貿易が混乱に陥る危険性も高いのだ。

 ただアメリカが力に任せてアメリカ第一主義で突っ走り、報復関税を受けるとなると、実際に損害を被るのは高い製品を買わざるを得なくなるアメリカの鉄鋼・アルミ産業関連の業界と消費者だ。実際、アメリカの関連業界からは、“関税・為替戦争”になることを懸念する声もあがっている。米中が今回、制裁対象にしたのは各500億ドル規模で輸入全体からみれば対象は数%程度なので経済への影響は限定的とみられるが、制裁対象になった業界の痛手は大きい。その後トランプ大統領は中国から輸入する2000億ドル相当の製品に対し、10%の追加関税措置を検討するとも言っている。ただ、現在の世界貿易は生産や流通が世界規模に拡大しているので、影響を受ける国は米中だけでなく、また金融市場などにも混乱がおきそうだ。

■当面は500億ドル規模、輸入の数%程度か

 米中はまさに貿易戦争突入の瀬戸際にあり、知財を巡る制裁関税は7月6日にアメリカが発動する予定といい、中国も同日に報復措置を取るというから、ここ2週間余の米中の話合いと妥協が成るかどうかが第一関門だ。自動車や部品の輸入制限は11月までに決定するといわれているが、トランプ大統領が得意とする“ディール(取引外交)”の真価も問われているといえよう。

米中両国の制裁関税の主な対象品目

【TSR情報 2018年6月29日】

※参考情報:直近で発生した貿易摩擦関連の出来事

・欧州連合(EU)は6月22日に、ハーレーダビッドソンの二輪車やバーボンウイスキーなど28億ユーロ(約3600億円)相当の製品に報復関税を発動した。6月29日に閉幕したEU首脳会議でも米国の輸入制限を「正当化できない」との認識を確認し、対抗姿勢を鮮明にした。なお、報復関税の対象になった米オートバイ大手ハーレーダビッドソンは6月25日、関税負担を避けるためオートバイ生産の一部を米国から国外に移転すると発表している。

・カナダ政府は6月29日に米国が課した鉄鋼とアルミニウムの関税に対し、7月1日に報復関税を発動すると発表。鉄鋼やアルミ、食品など166億カナダドル(約1兆4千億円)相当の製品が対象。中国や欧州連合(EU)などが既に報復措置を実施しているが、規模としてはカナダが最大。

・2日付けの日経新聞によると、日中印や東南アジア諸国連合(ASEAN)など16カ国は1日、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)閣僚会合を都内で開催。今後、7月中旬に開くタイでの首席交渉官会合で関税撤廃や自由化のルールを議論。8月末には再び閣僚会合をシンガポールで開き、政治的判断に委ねる項目を整理し「パッケージ」として一覧にまとめ、11月にも開く首脳会談での合意につなげる狙い。ただ、中国は保護主義的な米トランプ政権への対抗などからRCEPの合意に前向きになっているとみられる。ただ、RCEPの交渉はすでに5年を過ぎ、個別項目では各国の対立が残り解決すべき問題は多い。