※2010年の原稿です。
2006年近辺をピークに急増した深夜枠のTVアニメ(いわゆる深夜アニメ)が、DVDパッケージ販売をビジネスの主軸とする「製作委員会方式」の産物なのはよく知られている。放送枠も「テレビ通販」と同等で、委員会にとっては「ファーストウィンドウ」つまり「コンテンツをユーザーに最初にどう見せるか」という「窓」にすぎない。この仕掛けは作品ごとのリスクを低減させて多様化を招き、質は量によって支えられるから、決して悪ではない。本来その多様さが斬新な魅力を生み、新規ユーザーを招くはずだった。だがこれは「確実に資金回収可能なターゲット」(いわゆるオタク層)に絞り込む傾向も生み、ユーザー側も「作画クオリティと声優」あるいは「萌え」など「買うべき価値」を鑑賞の主眼におき、物語的な娯楽性より優先させるようになった。
この双方が共鳴を起こした結果、深夜アニメには縮小再生産的なジャンル閉塞の雰囲気が漂ってしまった。平行してインターネットや携帯電話の動画配信の台頭でTVメディアの存在意義自体が揺らぎ、「TVアニメの明日」が根幹から危ぶまれているのが、激動の果てに迎えた2010年的な現実である。
そうした苦い認識を念頭におきつつ、2005年春から5年間続いてきた「ノイタミナ枠」の理念と具体的な作品群という足跡、その多様さが開拓した表現の地平、さらに今春から「1時間枠への拡大」と打ち出した勇敢なチャレンジをあわせ考えると、実に感慨深いものがある。そして着目すべきノイタミナ最大の特質とは、「フジテレビという放送局の主体性」である。もっと踏みこんで言えば、この激変の時期に「TVでアニメを放送し続ける意味」を作り手・送り手の双方に突きつける姿勢に、最大の意義がある。
ノイタミナとは「放送枠」につけたブランドで、実にユニークな発想と言える。だが「アニメを放送する」以上、「放送枠」にこだわるのはTV局として本来的なはずだ。多くの深夜アニメの製作委員会が「ハードディスク録画でも何でも、ショーケース的に観てもらってDVD購入の誘因にしてもらえればいい」として、局は「条件さえ満たせばどうぞ」としたことで、「本来の方が珍しい」という異常事態を招いたのではないか。この種の倒錯の積みかさねが、アニメのジャンルを閉塞させかねないという危機感は、「animation」をひっくり返したノイタミナのブランドの意味性に重なる。
スタートラインに『ハチミツとクローバー』とマーケティングでいう「F1層」(20~34歳の女性)向けの作品を置いたのも、後の展開を考えるとうまい戦略だった。そこには文化的にアンテナが高い人びとが大勢いるにも関わらず、「アニメのお客さん」としては未開拓だったからだ。この層がリードした文化は、男性層を巻きこんでのムーブメントの波及効果が期待できる。原作の選定や映像表現、さらには配役や楽曲の選定を含めて「他では観られないハイクラス・ハイスペック感」を醸し出したのも、波及を促進させ、ブランドを定着させる手段として興味深かった。
そしてもっとも好感度の高いポイントは、根底に流れる「オープン・エンターテインメント」としての「志」である。実はそこにも「TVでアニメを放送する意味」が密接にリンクしている。「1対多」で同時送信する「放送」というメディアは、あまねく開かれた視聴者へ、「良質の価値」をいっせいに広める使命を帯びている。インターネットの検索エンジンやWebなどで「1対1」が直結するものとは違い、放送は偶然性や等時性など人間の営みにとって重要なものを内包している。その開かれた場に「アニメの特質を活かした娯楽を届ける」ということの意義の大きさは自明であろう。
先日、ノイタミナ1時間枠拡大の記者会見に参加したとき、ネットの中でも「偶然性や等時性」を濃く帯びたUSTREAM(ネットの生中継)やツイッター、あるいはAR技術を組み込んでプレゼンテーションを進めるのを見て、「これはすべて底のつながった仕掛けだ」と嬉しくなってしまった。放送とネットの融合という案件も、こんなドタバタ劇のなかから新展開があるのかと、アニメ・漫画世界と現実世界が入れ子になったかのような『実写版もやしもん』の配役を目の当たりにしつつ、今後に期待が高まった。
こうした果敢な挑戦を実行し続けている放送局がフジテレビだという事実も、感慨深さを促進する。TVで物語のあるアニメーションを毎週シリーズとして放送する……今では当たり前のフォーマットも、1963年の『鉄腕アトム』より前は無謀のきわみであった。困難に彩られた常識を「ひっくり返し」、TVアニメという形式を可能にしたTV局がフジテレビだった。以後、日本のアニメ史上で独特のポジションと存在感を獲得してきたフジテレビには、原初の「開拓者魂」が継承されているのかもしれない。
2011年7月の地上波デジタル放送完全移行時、TVアニメに待ち受けているのは荒野か楽園か。カウントダウンが続く中、ノイタミナが状況をひっくり返そうとして打ち出す「次の一手」に注目したい。
【2010年2月23日脱稿】初出:「月刊アニメージュ」2010年4月号(徳間書店)