原田まりるのやわらか哲学・第1回「人生に意味はないのです」

■原田まりるのやわらか哲学・第1回■

はじめまして。哲学ナビゲーターの原田まりるです。

まずは皆様にご挨拶がてら自己紹介をさせていただきます。

私は哲学ナビゲーターとして「哲学の入門書」を書いています。先日もダイヤモンド社より「ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。」という哲学のエンタメ小説を発売いたしました。

といっても完全にタイトルが一昔前のラノベ的です。このタイトルからイメージしていただける通り、全く難しい本ではありません。

ニヒルな女子高生がある日たまたまニーチェに出会い、哲学を教わる!という内容の、京都を舞台にした青春小説です。

「小難しい概念論を、これはまた難しい言葉で論じる」のがなんとなーく、みなさんの頭の中にある「哲学」のイメージだと思うのですが、本来「哲学書」はとっても面白い内容が書かれた本なんです。

■■哲学は「変人の妄想を論理的に説明したもの」?■■

哲学者にはもちろんアカデミックエリートもいますが、

ニート、社会不適合者、自分ルールでしか生きれない変人、変態的性癖をもったやつ……などの変わり者も多く存在します。

そんな「ガチの変わり者」が「一生を使って考え抜いたひらめき・妄想を論理的に説明したもの」が哲学だったりするわけです。

また哲学は、「科学と文芸の中間」であるとも言えます。

科学者にも、文豪に大きな影響をあたえているのですが、そういった意味だけではなく「実証と妄想の中間」の学問としても捉えることができるのです。

例えば、相対性理論はアインシュタインが発見しなくてもこの世に存在していた理論かもしれないけど、文芸の「火花」って又吉さんがいなかったらこの世に存在することがなかった「空想の世界」ですよね。

哲学もこの又吉さんの例と似たようなことが言えて、そもそも存在していた法則を発見したというよりは、その哲学者がいなかったら存在しえなかった概念・思想でほぼ形成されている学問ともいえます。

また「哲学」と一言いっても論じられているジャンルはたくさんあります。ざっくりいうならば

「ここにコップが存在するってどういうこと?時間の概念ってなに?」というのが科学よりの哲学。

「自分はなぜ生きているのだろう、自分ってなんだろう?」というのが文芸よりの哲学。

みなさんはどちらに興味がありますか?

私はぶっちゃけ前者には全く興味がありません!笑 

正直、どうでもいいです。知識として知ることは面白いかもしれないけど、どこかで自分の人生にそんな関係ないと思ってしまいます。圧倒的に後者のことに興味がある。

つまり「文芸よりの哲学」に興味があるのです。

そんな「文芸よりの哲学」ジャンルの中で「生きる意味ってなに?」「自分ってなに?」というテーマをとことん追求した、哲学のカテゴリーが存在します。

それは「実存主義哲学」といわれるものです。

「はぁ?実存主義哲学ってなんやねん、聞いたことないわ」と思った方でも

「ニーチェ」って名前は聞いたことありますよね?

街頭アンケートで「知ってる哲学者いますか?」とアンケートを取ったおそらくダントツ1位に輝くであろう、哲学界の知名度抜群、センター性抜群の「ニーチェ」もこの「実存主義哲学」の哲学者なんですね。

実存主義哲学者には、キルケゴールやサルトル、ショーペンハウアー、ハイデガーなどなど…たくさんいます。

彼らは「有限である人生の意味」について一生をかけて考え抜いた哲学者たちです。

つまり実存主義哲学者たちの思想は「変わり者の天才たちが悩み抜いて発見した人生論」とも捉えることができるんですね。

また彼らの生きた時代は、さまざまな価値観が右往左往した「絶対的な正解がない時代」でもありました。

これは「どんな生き方もできる」現代とシンクロする部分があります。

mineでは、実存主義を中心に、古代ギリシャ〜近代までの哲学者たちの思想や言葉元に現代の悩みにそった解決策を紹介していきたいと思います。

人間関係の悩みを抱えた方、

自分自身への嫌悪感や劣等感を抱えている方、

不条理な出来事に心が挫折しそうな方、

一度きりの人生を後悔せずに生きたい方、にむけた哲学コラムです。ご興味ある方は是非「著者フォロー」をよろしくお願いいたします。

■■「尾崎豊」好きが高じて「哲学」ファンになった15の夜■■

そもそも私が哲学に興味をもった経緯をざっくりと説明いたします。

哲学書との出会いは高校生の頃です。私は、「尾崎豊」さんの大ファンでいつも彼の歌を聞いては「自由って一体なんだ?」「なんのために生きてるのかわからなくなるよ」的なことをずっと考えていました。

そんなある日家の近くにあった、初老男性が一人で営む、哲学書とエロい本と図鑑をメインで展開しているという奇怪すぎる本屋さんで哲学書に出会ったんですね。

この時、たまたまタイトルに惹かれて手に取った中島義道先生の「不幸論」という本で初めて哲学に触れ、ものすごい感銘をうけました。

哲学の本には、自分が普段考えていることの10歩先が簡潔にまとめられていたのです!なんと論理的でわかりやすいのだ!ととにかく感動の嵐でした。

そこで「哲学書をよめば、私が普段考えているようなテーマが書いてあるんだ!」と知ることができたので、夢中で読み漁るようになったのがきっかけです。

そして、哲学とジェンダー論に興味があったので、高校卒業後、そのふたつを勉強できる大学に入学しました。この頃は研究者になる気満々だったので「男らしさ女らしさはどの段階で規定されるのか」といったジェンダー論に関する論文を出して、大学に入りました。

けれども、その後大学在学時に、アカデミックな世界とは逆方向の芸能界に入りました。

芸能界では、吉岡美穂さんや菜々緒さんを輩出したレースクイーンオブザイヤーグランプリを受賞し、その後2年間ほど空白期間をおいて、男装アイドルユニット・風男塾のメンバーとして活動してきました。謎にジェンダーな経歴……。

芸能界の活動は楽しいこともありましたが、辛いこともありました。落ち込むたびに哲学書を読んでは「こういう考え方もあるよな」と自分を奮い立たせてきたりしました。

けれども、私が人生に哲学が必要だと思った出来事は、これとは別にあります。

さきほど空白期間だといっていた時期に長期間入院した植物人間のような状態の時期があったのです。

私にはレースクイーンオブザイヤーを獲得したあと、ストレスで、体調を崩しました。その時にかかった病院で、自分にあわない薬を処方され、その薬が原因で寝たきりの状態になってしまったのです。いわば医療ミスのようなものです。

当時、体調がいつまでたっても良くならないと、病院で薬の量をどんどん増やされていき、最終的には自分で唾も飲み込めない、トイレにもいけない、起き上がれない植物人間のような状態が長期間続きました。

両親は毎日泣きながら私の介護をしてくれて、悲しむ両親を見て、自分でも早く良くなりたいんだけど、起き上がることすらできない、そんな地獄のような時期が長い間続きました。

しかし、いつまでたっても治らない。そんな状態をさすがにおかしいと思った両親がセカンドオピニオンで大学病院に連れて行ってくれた時に、やっと「全くあわない薬を大量に処方されている」ことが発覚しました。

大学病院の先生は「はっきり言ってこんな荒治療、訴訟ものですよ」とまで言ってくれましたが、そう言ってもらえても、現実は何も変わらないのです。

その時の私には何もなくなってしまったのです。

長期間寝たきり状態になってしまっていたので、私には戻る場所がありませんでした。

せっかく賞をとったのに、仕事ができる状態ではないので所属事務所も退社してしまっていたし、同じく大学も退学することになってしまっていました。

自分に非があって、こんな状況だったらまだ「しょうがない」と思えたかもしれません。

けれども、自分に非がない状態でこんな悲惨な状況に追い込まれたことに対して私はとてもじゃないけど「しょうがない」とは思えませんでした。

そして、どれだけ嘆いてもこの悲惨な状況は変わらないということをなにより悔しく思いました。

■■人生に意味はなく、不条理なもの。けれど言い訳したらそれっきり■■

そんな不条理に打ちのめされた時も、心の支えとなったのが哲学書でした。

「そもそも人生に意味はない」「辛いことがどれだけあろうとも、自分の足で立ち上がり新しい価値観を創造していかなければならない」というニーチェの教え、どれだけ言い訳したとしても「人生の時間は有限である」というハイデガーの教えは真っ暗な私の心に小さな灯りをともしてくれました。

自分で自分を可哀想がることは簡単だけど、そんな風に悲観にくれている間にもたった一度きりの人生の時間は刻一刻と過ぎていくのです。それならば、私は自分の人生の時間を少しでも大切なものにしたい。

生きていくうえでは不条理なこと、挫折、自分ではどうしようもできない災難に襲われることもあるでしょう。

けれども、人には絶対に逃げられないものが一つだけあります。

それは、自分自身。どれだけ無責任に逃げまどおうが、自分自身からは死ぬまで逃げることができない。言い換えれば、自分の人生を大切にできるのは自分自身しかいないのです。

「死ぬ前にもう一度、リピート再生したいと思える人生をおくることだ」というニーチェの教えがあります。もう一度自分になりたい、ではなく「そっくりそのままリピート再生したい」と思える人生と考えるとハードルが高い。

けれども、そんな人生が送れたらこれほど素晴らしいものはない、と私は思います。

哲学を難しく捉える必要はない、「この考え方は好きかも!」と思うものがあれば、それを自分の足で立つために取り入れていけばいいのです。

「哲学は頭を重くするのではなく、心を軽くするためのものだ」という視点で触れ合っていけばいいと思います。一度きりの人生を後悔なく生きるための、わかりやすい「哲学者の教え」を連載していきます。

次回はついつい思えてしまう「我慢という快楽」について書こうかと思います。

また「Q&A」にも答えていきたいので、みなさんからのお悩みも気軽に受け付けています。

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■4刷決定!!「ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた」(ダイヤモンド社)