連続講座「飯沢耕太郎と写真集を読む」 『はな子のいる風景』を読む

2018年6月10日に写真集食堂めぐたまにて開催された「飯沢耕太郎と写真集を読む」。今回は、飯沢さんの2017年のベスト1、『はな子のいる風景』について、本の編集者、AHA!の松本篤さんをお迎えしてお話を伺いました。写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員の小林美香さんにも、ゲストスピーカーとしてお話いただきました。

今回の「飯沢耕太郎の写真集を読む」は、個人的には昨年のベスト1といっていい写真集『はな子のいる風景』を企画・編集したAHA(アハ)!の松本篤さんをゲストにお迎えします。松本さんが、どんなふうにこの写真集を作っていったのか、あわせてこのような無名の撮影者による写真(ヴァナキュラー写真)を、今後どう扱っていくべきなのか、いろいろな角度からお話を伺います。(飯沢耕太郎)





平和の象徴としてタイから来日し、生涯のほとんどを井の頭自然文化園で過ごし、日本で最長寿となった、象のはな子(1947-2016)。記録集『はな子のいる風景 イメージを(ひっ)くりかえす』(武蔵野市立吉祥寺美術館 2017)は、市民が撮影した169枚の写真、飼育員が記した日誌、写真の提供者が綴った約100の言葉、新聞や図面といった資料など、異なる複数の記録の断片を繋ぎ合わせながら、1頭の象とそれを取り巻く人びとの69年間に光をあてたものです。昨年9月に初版が刊行され完売した本書の第2版の刊行を記念して、制作時に考えたことをお話します。(松本篤)





左から、小林さん、飯沢さん、松本さん



画像提供:松本篤さん


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(※対談は有料版となっておりますが、冒頭のみ無料でお読みいただけます)

【目次】

◆2017年のベスト1

◆活動の意味合いを変えた、はな子の死

◆記号的な「はな子」というゾウ

◆69年間のうちの169秒

◆ひっくり返す、くり返す

◆あなたがこれまでに失った大切なもの

◆物としての写真

◆「無名の人々」の写真



「飯沢耕太郎と写真集を読む」はほぼ毎月、写真集食堂めぐたまで開催されています。(これまでの講座の様子はこちら

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 (2018年6月10日開催・写真/文 館野 帆乃花)

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◆2017年のベスト1

飯沢: 昨年、『はな子のいる風景』という素晴らしい写真集が出版されました。はな子というのは井の頭自然文化園で69歳まで生きたアジアゾウです。そのはな子と一緒に撮った写真を集めて、武蔵野市吉祥寺美術館が1冊の写真集にしました。この写真集は、写真の持っている可能性、面白さを改めて感じさせてくれる写真集だと思っていて、個人的には昨年の写真集のベスト1です。とてもクオリティの高い写真集だと思っています。今日はこの写真集の編集をされた松本篤さんに来ていただいて、お話をしていただきます。

特定のプロフェッショナルな写真家が撮る写真ではなく、無名の人たちが撮った写真のことをよく「ヴァナキュラー写真」という言い方をします。そういった写真にいろんな意味を見出していくということが、ここ10〜20年のあいだの流行と言いますか、世界中、いろんなかたちで展開されているんですね。その視点から見ても『はな子のいる風景』は、日本における、ひとつの記念碑的な写真集になったのではないかと思っています。今日は、ゲストスピーカーとして小林美香さんにも来ていただきました。小林さんは東京国立近代美術館などで、さまざまな写真展の企画に関わってきた方です。この写真集の制作段階から関心を持っていらしたそうで、小林さんのコメントも伺いながらお話を進めていきたいと思っています。さっそく、自己紹介も含めて松本さんにこの写真集についてアウトラインをお話いただきましょう。

松本: おはようございます。松本と申します。今、みなさんが手に取ってくださっている『はな子のいる風景』ですが、見ての通り、ところどころに張り込みがされていたり、付録が挟み込まれていたり、最後には小冊子があったり、少し複雑な構造になっています。なぜ、このような作りになったのか、私たちがこの本で何を語ろうとしたのかをお話させてもらってから、飯沢さん、小林さんにこの本についてお伺いする、という流れで進めさせてください。

最初に自分の紹介をさせてもらいますと、私は写真を撮ったり、写真集を作ったり、ということの専門的な立場の人間ではありません。普段は8ミリフィルムや、各家庭にあるアルバムに残された写真など、固い言い方だと“市井の人たちの記録”ですね。私(わたくし)の視点から撮られたパーソナルな記録のアーカイブを10年くらい前からAHA!(アハ)というプロジェクトとして継続して展開しています。2002年に大阪で立ち上がったremo[記録と表現とメディアのための組織]というNPO法人の事業の1つです。今回は、このプロジェクトの一環として書籍をつくりました。

“なぜ、はな子なのか”。実は前置きがありまして、はな子の記録と記憶を集めるプロジェクトを始める前に、2016年1月に武蔵野市立吉祥寺美術館で開催された「カンバセーション_ピース:かたちを(た)もたない記録」という展覧会に参加したんです。展覧会にさきかげてAHA!は、家庭に眠る8ミリフィルムのアーカイブを武蔵野市周辺で行いました。8ミリフィルムの提供者のご自宅などでプライベートな上映会を行い、映像に映っていること、映像に映っていないことを伺いました。それらの語りを採集し、聞き書き集にまとめました。展覧会では、この聞き書き集が読める読書スペースをつくって、本を読みながら映像を見る展示を行いました。

飯沢: 若い人たちはピンとこないかもしれないですが、僕らの世代は懐かしいですね。8ミリフィルムは1960年代、70代年に大流行しました。フジカのシングル-8、サクラのスーパー8とか、ビデオが普及する前に家族のいろんな行事とかを撮っていたんですよね。

松本: この活動をしていくなかで市民の方々から、はな子のエピソードを聞くことや、はな子の写真や映像を見せてもらうことが多かったんです。はな子と一緒に写った写真がアルバムにたくさん残っているのではないかと、この展示の続編というかたちで写真を集め始めたのが、この『はな子のいる風景』のプロジェクトの経緯になります。

8ミリフィルム鑑賞会の一コマ(茨城県大子町、2013年)  画像提供:松本篤さん
吉祥寺美術館ロビーに設置した読書コーナー。撮影日と同じ日に書かれた箇所のある日記を探し30点ほど並べた。撮影日に書かれたいくつもの日記を読み繋いでいく実験、もうひとつの「はな子のいる風景」。 画像提供:松本篤さん
写真が撮られた日に記された日記の部分には、栞として撮影された写真の複製を貼り込み、『はな子のいる風景』と併読できるようにした。写真は、昭和50年4月1日の佐藤榮作日記。  画像提供:松本篤さん



◆活動の意味合いを変えた、はな子の死

飯沢: いつ頃から写真を集め始めたんですか?

松本: 先ほど述べた展覧会が始まる前、2015年秋から実験的に集めだしました。実は、そのころはまだ、はな子は生きていたんです。

飯沢: そうでしたね。

松本: はな子は2016年の5月に69年の生涯をとじます。はな子の死によってこの活動の意味合いが変わって、69年の彼女の生涯を弔うという感覚が、我々にも、写真を提供してくださった方々にも共有されるようになりました。募集開始の告知は7月にリリースしていますが、本格的に事態が動き始めたのは9月くらいですね。新聞などで取り上げられてよく届くようになったのは10月以降だったように記憶しています。

飯沢: 何枚くらい集まったのですか?

松本: 550枚程集まりました。美術館が窓口になっただけでなく、はな子が飼育されていた井の頭自然文化園にも窓口になっていただいて、お互いにはな子の写真を集めました。それぞれに集まった写真を共有し、プロジェクトの輪郭がかたちづくられていきました。本格的な写真募集から一年後の2017年の9月に書籍が完成し、「カンバセーション_ピース:かたちを(た)もたない記録」の続編となる展覧会「コンサベーション_ピース ここからむこうへ」(武蔵野市立吉祥寺美術館、2017)において、記録集の読書スペースを設けました。なお、同時期にJR吉祥寺駅構内、井の頭自然文化園の彫刻館でそれぞれ写真展を行いました。

飯沢: 写真は武蔵野市民だけでなく、いろんなところから集まってきたという話で。アメリカからも来たんですよね。

松本: SNSで情報が拡散して、昭和37年当時に立川に住んでいたアメリカの方から提供がありました。

飯沢: そうして集まった写真を写真集にまとめたと。私はこのプロジェクト自体を本が出てから知ったのですが、これは絶対に集まるなと思いました。はな子の生涯ってある意味ドラマチックで、はな子を通じて戦後の日本史を見直していくようなテーマ性もある。はな子の写真を持っている人が多いはずだという、予想はあったわけですよね?

松本: そうですね。これは集まりそうだなと。

飯沢: 動物園に行って動物の前で記念写真を撮る、ということはよくあるわけですが、ゾウは大きいから撮りやすいし、記念写真としてもインパクトが強いので人気があるんですよね。その狙いは良いとしても、集まった写真をどう使うかがもっとも重要になるのですが、『はな子のいる風景』はその編集が素晴らしい。いろんなことを考えないといけなかったと思うのですが、編集のプロセスをお話していただきたいと思います。



◆記号的な「はな子」というゾウ

松本: 集まった550枚全てに目を通していくなかで考えたのは、記録に寄り添うことはいかに可能か、つまり、写真に“写っているもの”をできるだけ丁寧に見ていこうということでした。

飯沢: まずは集めた写真からどれを選んで、どれを使わないのか、基準を考えなければならない。私のような写真評論家が写真を選ぶ基準はそれなりにありますし、写真家にとっては撮った写真をどうまとめていくかがとても重要ですが、こういったはな子の写真を選ぶときの基準とはちょっと違うんだと思います。いわゆるアート的な写真、表現としての写真というのは、写真家のものの見方、しかも非常にユニークな見方であること、独特なものの見方をしているってことを評価するわけですよね。でもこれらの写真はそういうものではなくて、はな子というゾウがいて、動物園に来た記念にカメラの前に立っている、というひとつのかたちがあるわけで、そこに優劣はない。そのかたちのなかでさまざま写真があって、どういうポイントで選んだのか、とても興味があります。

松本: その基準をお話するためにも、はな子というゾウについて、彼女がどのようなイメージとともに人々に捉えられていたかをお話したいと思います。まず、はな子というのは、平和の象徴としての存在なんですね。1949年、敗戦後の日本にタイから平和の象徴として贈られたゾウがはな子です。まず上野動物園に到着し、最初にはな子がした仕事は「はな子」という自分の名前を受けるという仕事でした。

飯沢: これもまた有名な話がありますよね。「はな子」という名前は戦時中に、上野動物園で餓死させられたゾウの名前です。『かわいそうなぞう』(1970年初版)という絵本を知っている人は多いと思います。彼女のあとに来たゾウとして、「はな子」という名を受け継いだと。どういう経緯で上野動物園から井の頭自然文化園に移ったのですか?

松本: 戦後すぐの何もなかった時代ですから、上野に来たゾウが見たいという人々の想いがすごく強かったらしく、はな子は移動動物園というかたちで、東京近郊を巡回していたようです。そのなかで井の頭自然文化園にも3度ほど来ていて、そこで市民の人たちがぜひはな子を自然文化園に移してほしいという誓願をしたわけです。1954年に子どもたちの要望というかたちで自然文化園に移ります。そこではな子は誤って2人の人命を殺めているんです。

飯沢: 夜中にゾウ舎に忍び込んだ酔っ払いを踏みつぶしちゃったんですよね。あとは飼育係の方。言って見れば、はな子のイメージのなかにいくつかのレイヤーがあって、そのひとつが平和の象徴であり、ひとつは人を殺した……、言いにくいけれども、「殺人ゾウ」なんだよね。

松本: そしてもうひとつ。一頭のみで60年間生き続けた日本最長寿のゾウでもあります。

飯沢: 平和の象徴として日本にやってきたゾウ、武蔵野市民のアイドルだったゾウ、もう一方で人を2人踏みつぶしてしまっているゾウ、それから孤独に生きてきたゾウと、いくつかのイメージのレイヤーみたいなものあって、それがまつわりついている「はな子」という存在。それを踏まえながら、集まった写真とどう向き合っていくのか。

松本: そこがすごく大事になっています。「はな子」という存在は、そういったストーリーによって記号化されていて、すごくシンボリックなんですよね。でも果たしてそうなのか、と。

飯沢: なるほど。

松本: “はな子を弔う”ということは、そのストーリーをなぞっていくことで良いのか、という思いがありました。

飯沢: 確かに、はな子の歴史をずっと書いていって、それに沿った写真を集めていくとすれば、写真は、皆が思い描いている「はな子」というゾウが持つストーリーの補強みたいなことになることが多いですよね。でもそれはやりたくなかったと。

松本: そうです。せっかく提供していただいた写真があるので、一枚一枚に写されているその1秒間が積み重なった、“はな子の69年間”ということを考えました。そういう意味で写真をじっくり見て、何が写されているかを見ていこうと。



◆69年間のうちの169秒

飯沢: アーティストや写真家がアマチュアの写真を蚤の市やインターネットなどで拾ってきて作品を作るということはよくありますよね。「ファウンドフォト」と呼ばれるもので、ヴァナキュラー写真を使った表現として、最近よく見かけます。松本さんがやったことはそれとは違うのでしょうか?

松本: 今回のアプローチは、ファウンドフォトに似て非なるものだと考えています。ファウンドフォトの場合は、撮影者不明の写真を作家の視点によって「選ぶ」、再活用するという発想が強いと思います。しかし今回提供された写真は、持ち主自身の意思によって、家族アルバムやハードディスクから提供されたものです。プロジェクトとしては、すべての写真は等価だと考えましたし、出来るだけ多くの写真を使いたい、「選びたくない」と考えていました。とは言ってもさまざまな制約上、550枚から選ばざるを得ないわけです。そこで、3つの基準を設定しました。



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