連続講座「飯沢耕太郎と写真集を読む」 トークと鑑賞で一日キャメロンDAY

写真評論家の飯沢耕太郎さんのレクチャーにより写真の味わい方を学ぶことのできる大人気連続講座『写真集を読む』第24回が、7月17日(日)に開催されました。(これまでの講座の様子はこちら

今回の「写真集を読む」は、特別編!三菱一号館美術館の初の写真展であり、生誕200周年の国際巡回展で日本初の回顧展である『ジュリア・マーガレット・キャメロン展』の開催に併せ、「トークと鑑賞で一日キャメロンDAY」でした。飯沢さんの解説を聞き、おかどさんの美味しいごはんでお腹を満たしたあとは、実際に美術館に足を運んで作品を鑑賞する(ここでも飯沢さんの生音声ガイド付き!)という豪華なイベント。 

 毎回講座のレポートを担当している館野さんがお休みでしたので、築地「ふげん社」の関根がピンチヒッターでレポートさせていただきます。しばらくのあいだお付き合いくださいませ。

 みなさんは、「ジュリア・マーガレット・キャメロン」という写真家をご存知でしょうか?写真にお詳しい方でも、ピンとくる方は少ない気がします。わずか十余年あまりの短い活動にもかかわらず、写真表現に新たな地平を開いたという功績に比して、知名度が低く写真史に埋もれがちな存在です。

 キャメロン女史は、1815年にインドはカルカッタで、名門キャメロン家の三女として生まれました。48歳のとき、娘夫婦よりカメラと暗室道具一式を贈られ、彼女が長年抱いていた「美への憧れ」が、カメラを手にしたことで一気に開花します。キャメロンは身の回りの人物をモデルにし、幻想的な主題で肖像作品を生み出すことに情熱を傾けていきます。

 後世になって高い評価を受ける所以となった、彼女の作品の特徴は大きく三つあります。

 まず一つが、写真に絵画的効果を適用した点です。キャメロンの作品は、当時の画壇であるラファエル前派の影響が色濃く見られます。これは、のちの19c末〜20c前半におこった、写真を芸術そしてみなし絵画的な表現を目指す「ピクトリアリズム」という写真表現運動の先駆けであったと言えます。

 モデルに、聖書の登場人物や「アーサー王」などの歴史的人物像を当てはめ、神話的でロマンチックな世界観を創出するキャメロン作品は、現代のコスプレと通じるものがある…と飯沢さん。若い女子はキャメロンに共感できるのでは?

 二つめは、失敗をインスピレーションの種として新しい写真表現の可能性を常に探っていったことです。

 彼女の写真を見ると、ピンボケの写真や、指紋がついていたり、フィルムが破れていたり、一見「ミス」とみなされてしまう写真が多いように感じられます。しかし、彼女はミスをミスで終わらせず、それを多様な表現のひとつとして昇華しようとするたくましさがありました。

 キャメロンが使っていたカメラは、当時最先端の写真技術である湿板写真。極めてシャープな描写が可能になっていただけに、職業写真家たちの表現から大きく逸脱したキャメロン女史の作品は、非難が殺到したそうです。 

 写真を詩集の挿絵として編集したり、写真の販売をしたり、アーティストインレジデンスの試みをしたりするなど、常に新しいことを追い求めていたキャメロン。大きなカメラを使いこなし、現代では想像もつかないほど途方もない手間をかけて写真を現像、プリントして、世間の批判を物ともせず独自の写真表現を切り開いていった様子を見るに、闊達でパワフルな女性像が眼に浮かびます。

 最後は、被写体を見出し、その魅力を引き出すことに長けていた点です。

 彼女は、ヴィクトリア朝時代の著名な文人や芸術家、科学者をモデルとして登用するほか、親戚や小間使いなど身の回りの女性たちをモデルとして用います。頻繁にメインの役柄で作品に登場する、お気に入りのモデルが何人かおり、三菱一号館美術館の展示では、そのモデルたちにフォーカスをあてた解説がなされています。作品のなかの蠱惑的な女性たちは、キャメロンの鑑識眼が確かなものであったと感じさせます。

 彼女の写真には、「被写体をありのままに捉える」という彼女の信条を表す「フロム・ライフ」という文字がサインと共に添えられていることが多いです。写真に絵画的演出をほどこしていたキャメロン女史ですが、彼女が作り上げているものは、あくまでもありのままを写す「写真」であり、被写体のポテンシャルを生かして、イマジネーションの世界と現実を見事に融合させていたといえます。

 飯沢さんのお話のあとは、丸の内にある三菱一号館美術館で開催中の「Life―写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展」へ。飯沢さんの講義を聞いた後は、作品がより生き生きとして見える気がします。

記事を読んで興味を持たれた方は、『ジュリア・マーガレット・キャメロン展』に、ぜひ足を運んでみてください。貴重なヴィンテージプリントが一堂に会する大規模回顧展は、もしかしたら最初で最後かもしれません。モデルたちの表情、仕草、そしてプリントに残るキズや指紋などから200年前に想いを馳せて、写真に情熱を傾けエネルギッシュに生きた女性の息遣いを感じてみませんか。(※展覧会は終了しています)

(2016年7月17日開催・写真/文 関根 史)



「飯沢耕太郎と写真集を読む」はほぼ毎月、写真集食堂めぐたまで開催されています。

2017年1月開催分からは解説のたっぷり入ったロングバージョンをお届けします。

次回開催予定の講座:飯沢耕太郎と写真集を読む Vol.28 「ラテンアメリカ写真を語りて、世界を震撼せしめよ!」(2017年1月29日)

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