大統領令の歯止め

 トランプ大統領の暴走的「大統領令」に少しずつ歯止めがかかってきた。それはトランプ大統領の変化というより、米社会全体が良識を取り戻す落ち着きが出てきたからだろう。

 最も大きな歯止め役となったのは司法の動きだ。中東・アフリカなどイスラム圏7カ国(イラン、イラク、シリア、スーダン、リビア、ソマリア、イエメン)からの入国を制限する大統領令に対し、ワシントン州シアトルの連邦地裁などが即時停止を命ずる仮処分を決定し、入国管理が大統領令の出る前の状態に戻っていた。トランプ政権はこれを不服とし上訴したがサンフランシスコ高裁は大統領令を差し止めしたのである。

 大統領令は大統領個人が発する命令だが、法律と同じ効力を持ち、差し止めには裁判所の判断か、議会の決定が必要だ。今回は高裁が(1)7カ国からの渡航者が米国内でテロを計画している明確な証拠がない(2)ワシントン州などは大統領令によって損害が生じることを立証した(3)連邦政府は大統領令を認めなければ「回復不能の損害」が生ずることを立証できなかった(4)裁判所は移民政策や国の安全保障の問題で憲法判断を行なう権限を有している──などの根拠から大統領令の一時停止を認めた。

 これに対しトランプ大統領は「法廷で会おう。我が国の安全は危機に瀕している。控訴審は政治的な判断をした。我々は裁判に簡単に勝つだろう」と上訴する構えをみせたり、新たな大統領令を検討するなど対抗の姿勢を示している。しかし、司法判断により、入国を足止めされていたイスラム系の人々が入国できることになった。

 この大統領令を出したのは、アメリカで不法移民が年々増加している背景もある。外国生まれの米在住者約4240万人から永住権、ビザなどを持った合法的滞在者を除いた不法移民は約1100万人いるとされる。最多がメキシコで53%、エルサルバドル、グアテマラなど中米諸国が約15%、インド5%、中国3%などといわれる。

 だが不法移民のうち約800万人はサービスや建設、製造業などを支えているし、シリコンバレーのIT産業やプロスポーツの世界にも外国出身者が多い。アップルの創業者スティーブ・ジョブズの父はシリア移民だし、マイクロソフトやグーグルにはインド移民も多い。米調査機関によると、全ての不法移民を退去させると米の実質GDPは1兆㌦減少(米GDP全体18兆㌦のうち5%分に相当)し、労働力は400万人不足するという。

 世界中に大混乱を巻き起こしている大統領令も今回の司法の判断によって米国内にまだ健全な法と秩序、良識を守る勢力が多数存在することも見せつけてくれたといえる。

【財界 2017年3月21日号 第443回】

※上記の記事は掲載時点の内容です。

なお、最新情報としては3月6日付で中東とアフリカの6か国の人の入国を制限する大統領令を出しましたが、3月16日付のニュースにて、ハワイ州にある連邦地方裁判所は全米で執行の停止を命じる仮処分の決定を出したと報じられました。トランプ大統領は反発し、裁判で争う姿勢を示しています。