ブラック・フェミニズムの旗手、パトリシア・ウィリアムズとレジーナ・オースティン 『ハーバード留学記Vol.21』 山口真由

 前回は、ジャネット・ハリーというロックスターから学んだFeminist Legal Theoryについて書いた。

 フェミニズムの一派にはブラック・フェミニズムというのがあり、とにかくフェミニズムなんて、女であること以外、不自由なんて何一つない白人中産階級の道楽だと批判したのだ。

 そのブラック・フェミニズムの旗手にパトリシア・ウィリアムズとレジーナ・オースティンという二人の女性がいたが、彼女たちの書いたものは圧巻の面白さだった。

 パトリシア・ウィリアムズは連帯派である。

 黒人全体がひとつの文化を共有していると考えており、この共有する文化的土壌が、すべての黒人のアイデンティティの源になっていると考えている。一方で、白人社会に対してはとても閉鎖的である。黒人全体が共有する文化を白人は共有することはできない。黒人全体をひとつの連帯したものと捉える一方で、「黒人 v 白人」という明確な対立を描くのが彼女のスタイルだった。

 対するレジーナ・ウィリアムズは分断派である。

 黒人全体が一つの文化を共有しているなんて幻想にすぎないと、彼女は指摘する。無法者として白人社会と対抗してきた黒人たちは、無法者のまま留まる層と階級上昇した黒人中産階級に、とっくに分化している。その二つの間には共通項なんてほとんどない。

 全く別のこの二つのグループを、それでもひとつの「ブラック・コミュニティ」としてと連帯させようとする力とはなにか。レジーナは、a)上から押さえつけようとする白人社会のプレッシャーの他に、b)黒人としての地位に留まろうとする黒人中産階級自体のノスタルジアがあることを冷徹に明らかにしていく。

 外部からの圧力の他に内部の圧力があることを自ら明らかにしたレジーナの筆は冴えわたっていた。

1. パトリシア・ウィリアムズ

 まず、パトリシア・ウィリアムズは黒人女性学者のパイオニア的な存在である。

 彼女がハーバード・ロースクールを卒業したのは1975年。彼女は最も初期にハーバード・ロースクールで学んだ黒人女子学生の一人だった(彼女の学年にはわずか10人の黒人女子学生しかいなかった)。

 彼女はその後、教職を志し、最終的にはコロンビア大学に職を得ている。

 彼女の論文はとっても特徴的だ。

 とにかく、自分の個人的な経験を書きまくるというのが彼女のスタイルなのである。別に自伝でもエッセイでも小説でもない。学術論文に自分の個人的な経験を書きまくるのである。

 初めて読んだ彼女の論文は出だしからして衝撃だった。

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