「江戸っ子気質が生んだ名物丼“深川飯”」(東京都江東区)
炊き込み飯か、汁かけ飯か……。江戸下町の名物、深川飯に付いて語ると、必ずこの違いが話題になる。
実際に深川の地で味わえたものは、僕が取材をした当時、ほとんどすべての店で炊き込み飯の方であった。駅弁で売られているものも炊き込み飯の方である。
だが、この名物料理のルーツは「せっかちな江戸っ子の漁師が、アサリとネギの味噌汁を飯にぶっかけて味わったものが原形」という説は、今や常識的に語られることが多い。
では、なぜ「汁かけ飯」が「炊き込みご飯」に変わったのか。聞くところによれば、江戸時代の深川の地には、漁師のほかに大工や鍛冶屋などの職人も多く、そうした職人が弁当として仕事場に持って行ったのが、アサリの炊き込み飯だったのだそうである。確かに汁かけ飯では弁当にできない。炊き込み飯なら冷めてもうまいし、持ち運びにも不自由がない。信用できる話と見ても良さそうだ。
そうは聞いても、やはり食べたいのは原形とされる「汁かけ飯」の方であることは言うをまたない。現在の深川では、この汁かけ飯タイプを出す店も数軒あるが、僕が取材した15年以上前には、1軒でしか味わうことができなかった。「深川宿」という店で、今も健在である。