「暴力はだめだが、貴乃花親方も良くない」という土壌で組織と人事的に戦う法

相撲の暴力事件問題の裁定は、被害者・貴ノ岩関の師匠である貴乃花親方に降格処分と決まりました。世間的には暴力を受けた被害者側がなぜ降格なのかと批判も呼ぶ一方、貴乃花親方の態度にも批判があります。親方という個人が相撲協会という巨大組織と戦う構図から、人事的に外せない視点が見えてきます。それは・・・

1.内部通報者が処罰を受ける現実

八角理事長は記者会見で貴乃花親方への懲戒理由を述べました。貴乃花親方が事件の経緯を協会には報告しなかったり、その後の調査にも協力しなかったことが理由です。世間一般の意見の多くは、相撲協会の決定に対してなぜ被害者側なのに貴乃花親方は処罰されるのか?という疑問や批判になっています。しかし懲戒理由は「親方として」ではなく、「協会役員・巡業部長として」の責を問うものであって、世間の批判とはポイントが違うのです。※

※池坊議長の「礼を欠いた」発言は、恐らく会社組織人ではない議長の個人的感想であって、その後に続けたマスコミ批判と同様に、今回の懲戒理由ではないと思われます。

被害者のはずなのに逆に責任を問われるということは、実は組織においてはあり得ることなのです。組織は組織防衛本能を持っています。それと戦う以上、自らの身を守るため、最低限の防衛行動を取らなければ戦うことはできません。貴乃花親方はその点において、踏むべき順当な手順を踏んでおらず、その点を協会側は懲戒理由として指摘しているのです。

組織の人事課題において、こうしたトラブルはままあることです。組織の不正を内部告発した人が逆に職務怠慢で懲戒されたり、職場問題を内部通報ホットラインで本社に伝えたら、その問題の原因となった当事者に勝手に連絡を取られ、報復されるというような例です。本来の内部通報制度が機能していない、形骸化した組織では現実に起こっています。と、いうことは協会も・・・?



2.原因の如何を問わず責任はある

理事・巡業部長としての責任と、被害者の親方の立場は別の問題です。被害者だから何をしても許されるのではありません。泥棒されたからといって犯人を殴ったりすれば、法律上は原因を作った泥棒だけでなく、殴った被害者側でも処罰されます。

組織の論理は会社でいえば就業規則で明文化され、法律(普通は労働基準法)の規制下、就業規則はすべての社員を拘束します。貴乃花親方にも協会幹部としての責任を果たす義務があるのです。

被害を受けて身動きできないとか口が利けないなど物理的に対応ができない場合を除けば、警察や検察との調査の絡みがあったとしても、その義務が消える訳ではありません。

詳細は明らかではありませんが、もし仮に警察や検察から、調査について制限がかかっているのであれば、その旨を添えて報告をしなければならないのです。「○○だから報告しなくてかまわない」という理由は物理的に不可能な場合以外ありません。詳しい内容を開示できない旨を報告する義務があったのです。





3.組織人の手本はモリカケ問題のエリート官僚

安倍総理の忖度でモリカケ問題に官僚が介入したかどうか、ノラリクラリの弁明には腹立たしさを覚えますが、あれこそが組織人としての行動基準なのです。当事者との打ち合わせは黒塗りで一切開示せず、それでもその中身のない資料を公開するといった、正に木で鼻をくくるような対応こそ、組織人が果たさなければならない行動でした。

結果としてうまく情報を隠したことが評価されたのか、事件後出世を遂げた官僚もいます。庶民感覚ではあり得ない事態ですが、エリート官僚は組織の論理のプロ中のプロ。何をすれば罰せられ、何をすれば評価されるかを知り抜いて行動したのがこうした官僚たちで、その逆を行ってしまったのが貴乃花親方と見ることができます。

組織のあり方が気に食わなかろうと、被害者だろうと、「理事・巡業部長」としての報告義務を完全に果たし、肝心の部分は黒塗りで提出したり、木で鼻を括るような報告書を作成するなどの対応をしていたなら、協会は親方を罰する理由を失ったことでしょう。もちろん平成の大横綱と呼ばれた貴乃花親方にそんな姑息なことができたかどうかは別問題です。

名横綱ですら組織と戦う上での戦術を間違えば勝ち目がありません。まして一般人が組織と戦うのであれば、就業規則など完璧に順守した上で行動しない限り、組織側はあらゆるコンプライアンス上の欠陥行為を突いてくるでしょう。遅刻や駐車違反などの取るに足らない違反行為すらも含め、鉄壁の守りを固めた上で戦うことが欠かせないのです。

相撲協会と評議員会は貴乃花親方を罰することで、一旦人事上は勝ったといえます。しかしファンを含めた一般人の感情は恐らくこれでは収まりません。この勝負は土俵を変えて、今後さらに続いていくことになるのでしょう。貴乃花親方であれば、人事上の勝利など表面的なものに過ぎません。

しかしそうした反撃の手段を持たない一般人の場合、逆転のチャンスはそうそう来ません。大横綱で有名人、マスコミ向けに情報発信できるという点で、一般人とは決定的に異なります。勝負は熱くなったら負け。戦う態勢作りはきわめて重要です。





4.おまけ 組織における人事トラブルの数々

人事コンサルタントとして関わったさまざまな企業では、人にまつわるトラブルもさまざま。採用時から採用後までトラブルは起こります。

またいろいろな人で構成される組織である以上、気が合う・合わない、セクハラ、パワハラといった訴えから、最大の難関であるリストラ絡みまで、あらゆる事態が起こります。

いろいろな事件を表沙汰にせず、内々に処理できてしまうのも人事の腕前かも知れません。