連続講座「飯沢耕太郎と写真集を読む」 6×6判の魔術的世界 —ダイアン・アーバス、須田一政、鬼海弘雄、川内倫子

2017年9月17日に写真集食堂めぐたまにて「飯沢耕太郎と写真集を読む」を開催しました。今回のテーマは、「6×6判の魔術的世界」。6×6判の写真表現を切り開いたダイアン・アーバスのほか、6×6判を使う日本の代表的な写真家として、須田一政、鬼海弘雄、川内倫子の写真集を読み解いてきました。



6センチの幅のフィルムを使用する、ローライフレックスやハッセルブラッドなどの6×6判カメラで撮影された写真は、独特の魅力を備えています。以前は広告写真や報道写真の世界で、縦位置や横位置にトリミングすることを前提に使われていたのですが、1970年代頃からフルサイズでトリミングなしでプリントされることが多くなりました。その真四角のフレームに捉えられた被写体は、奇妙な浮遊感や魔法のような輝きを発しているように感じられます。もしかすると、Instagramのフレームが当初は真四角だったのも、そのことにかかわりがあるかもしれません。今回の「写真集を読む」は、ダイアン・アーバス、須田一政、鬼海弘雄、川内倫子など、6×6判のカメラで撮影する写真家たちの創作の秘密に迫ります。(飯沢耕太郎)



ウェブマガジンmineでは、トークイベントの内容をたっぷりご紹介していますので、ぜひご覧ください。

(※対談は有料版となっておりますが、冒頭のみ無料でお読みいただけます)



【目次】

◆6×6判カメラとは

◆6×6判の写真表現のはじまり ―ダイアン・アーバス

◆アーバス以後の日本写真 ―鬼海弘雄

◆日本のアニミズムと6×6判の魔術性 ―須田一政

◆全く異なる2冊の『うたたね』 ―川内倫子

◆6×6判写真と写真家



「飯沢耕太郎と写真集を読む」はほぼ毎月、写真集食堂めぐたまで開催されています。(これまでの講座の様子はこちら

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 (2017年9月17日開催・写真/文 館野 帆乃花)

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今日は私の一人語りで、6×6判写真をテーマにお話をしていこうと思います。6×6判というのはフィルムの種類のことでして、「ロクロク」と呼ばれている正方形のフレームの写真のことを言います。6×6判なんて、あまり興味ないんじゃないかと内心思っていたのですが、今日はたくさんの人が参加してくださって驚いています。多くの人が真四角な写真の魅力を不思議に思っていたのではないでしょうか。

使っている人も多いと思いますが、Instagramも正方形の写真ですよね。2015年からは縦長も横長も投稿可能になっていますが、スタートしたときは正方形のフレームだったわけです。なぜだったのかと考えてみると6×6判写真の世界が身近に感じられると思うのですが、正方形のフレームには、我々の無意識的なものの見方を規定するところがあって、フレームに閉じ込めた世界に、イマジネーションを刺激する力、想像力を広げていく力があるように思います。いわゆる“インスタ映え”するということです(笑)。Instagramを開発した人たちはその面白さに敏感に反応して、このフレームにしたのではないでしょうか。正方形のフレームが他のフォーマットに比べて、面白い見え方をするのはなぜか、僕なりの意見も交えつつ、みなさんにも考えていただけたらと思います。



◆6×6判カメラとは

まずは6×6判というのは簡単に言えば中判カメラです。これはフィルムカメラの話ですが、小型カメラと大判カメラのあいだの大きさのカメラでして、中判カメラの話をする前に小型カメラと大判カメラについてお話しましょう。

まず、小型カメラというのは普通35mmのフィルムを使います。35mmというのはフィルムの幅で、元々は映画用だったフィルムを写真用に改造したものです。映画のフィルムの思い浮かべていただければわかりやすいと思いますが、ロールフィルムなので36枚連続撮影ができます。1925年から発売されているライカが代表的な小型カメラで、当時は持ち運べてフィルムの交換をせずに連続撮影できるというのは画期的で、写真の世界に大きな革命を起こしました。ライカの登場でスナップショットが急速に発展していったわけです。

1925年発売のLeica I (画像参照元:https://jp.leica-camera.com)



一方、大判カメラというのは三脚を立てて使う大きなカメラで、フィルムも大きなフィルムを使います。こちらはインチで言う場合が多くて4×5インチのフィルムをシノゴ、8×10インチをエイトバイテンと呼んでいますね。11×14インチのもっと大きなフィルムもあります。大判カメラは三脚で固定して大きなフィルムを使うわけですから、細部までしっかり写るシャープな写真が撮れます。例えば、建築写真のようにディテールをちゃんと見せたいときは大判カメラが向いています。大判カメラというのはアオリという操作ができて、普通は建物を撮ろうとすると上の方がすぼまっていきますが、大判カメラはレンズの光軸をずらすことによって建物の線をまっすぐ平行に補正することができます。

中判カメラというのは小型カメラの特徴も大判カメラの特徴も持っている、言って見れば万能カメラです。小型カメラのような機動性とまではいかないけれども、三脚を付けて撮らないといけない大判カメラほど大きくないので、自由に持ち運んで撮ることができる。それから、ディテールの描写も、大判には劣っても35mmのフィルムに比べるとよりシャープに写すことができます。中判カメラは機動性とシャープさを兼ね備えたカメラなので、広告、ファッション、それから報道と、いろんなジャンルに使われてきました。

この中判カメラにつかうフィルムが6cm幅のフィルムです。6cm幅のフィルムをどう切るかで、中判カメラの種類が決まってきます。6cm×6cmで正方形にしたものがロクロク。それよりも小さいのが6cm×4.5cmでロクヨンゴと呼ばれています。もう少し大きくなると、6cm×7cmのロクナナで横長に撮ることができます。もっと大きいと6cm×9cm、ロクキュウ。これは縦横の比率が35mmのフィルムと似ています。パノラマサイズの6cm×12cmや6cm×15cmもあって、サイズのバリエーションだけ見ても中判カメラはいろんな状況に対応できることがわかるかと思います。

肝心な6×6判は中判カメラの代表として使われていて、カメラの形で大きく分けると3種類あります。ひとつがスプリングカメラというタイプで、代表的なのがドイツのイコンタ。レンズがカメラのボディに収納されていて、ボタンを押すとバネでレンズが飛び出てくるので、スプリングカメラと呼ばれています。

そして、6×6判のカメラで一番代表的なタイプが2眼レフカメラです。有名なのがローライフレックスとマミヤ。2眼レフカメラというのはその名のとおり、レンズが2つ付いているカメラで、縦長のカメラにレンズが縦に並んでいます。上のレンズで被写体をみてピントを合わせて、下のレンズで撮影をします。奇妙な形だけど愛嬌があって、良いカメラですね。日本でもミノルタが作ったミノルタオートコードなど、いろんなメーカーが2眼レフカメラを一斉に出した時期があって、一世を風靡しました。レンズを覗くと像が左右逆に見えるので、慣れないと使いにくいですね。それから写真を撮る姿勢というのが変わっていて、おなかの辺りで構えて、カメラを上から覗き込むようにして撮るので、お辞儀をしているような姿勢になります。荒木経惟さんは、頭を下げて撮るところが良いと言っています。普通のカメラは目の高さまで持ち上げて撮るので、2眼レフのカメラはローアングルで下から見上げるような写真になります。

ローライフレックス35C (画像参照元:http://www.cosmonet.org/camera/rollei.htm)



最後、3つ目のタイプが一眼レフカメラ。この代名詞は言うまでもなく、ハッセルブラッドです。ハッセルブラッドは戦前からあるスウェーデンの会社でして、有名な一眼レフカメラを作り始めるのは戦後の1948年からになります。とても性能の良いカメラで、アポロ計画で月を撮ったカメラがハッセルブラッドです。これでハッセルブラッドの名前が世界的に有名になりました。アポロ計画はアリゾナ砂漠にセットを組んだと、まことしやかに言われていますけどね。NASAが公開した画像をマイケル・ライトという編集者が集めた『フル・ムーン』という写真集があります。1999年に8カ国版が出て、日本語版は新潮社から出ています。私はこの写真集がすごく好きでして、なにしろ人間が一番遠くまで行った写真ですからね。史上最高の旅行写真集だなと。

ハッセルブラッド1600F (画像参照元:https://ja.wikipedia.org/wiki/ハッセルブラッドのカメラ製品一覧)

『フル・ムーン』(1999年)



◆6×6判の写真表現のはじまり ―ダイアン・アーバス

これらのカメラを使って撮られた写真を見ていく前に話しておきたいのは、6×6判のカメラはもともとトリミングを前提として撮影されていたということです。6×6判というのは言うまでもなく、正方形の写真が撮れますが、戦前、戦後すぐは正方形のまま使うことは稀でした。カメラマンは普通なら、写真を撮るときに横位置にするか縦位置にするか決めるわけですが、6×6判のカメラで正方形に撮って後で切ればいい。誌面のレイアウトに合わせてトリミングできるので、ファッション写真や報道写真で6×6判がよく使われていました。

では、6×6判のフルトリミング、つまり正方形の写真をそのまま使う表現のかたちが登場するのがいつ頃なのかというと、これは意外と新しく……と言ってもすでに40年以上前の話ですが、1970年代以降ではないのかと私は思っています。その引き金を引いたのがダイアン・アーバス。ダイアン・アーバスは1960年代から二眼レフカメラのマミヤを使って、フリークたちを撮るようになり、その写真を発表するときに6×6判をトリミングせずにプリントしました。

アーバスのスタイルが世界中に影響を及ぼすのは、彼女の死後。アーバスは1971年に自殺してしまい、翌年の1972年にニューヨーク近代美術館で回顧展が開かれます。1972年から73年にかけて世界を巡回した、伝説的な展覧会ですね。日本でも1973年に西武百貨店の特設会場で展覧会が開かれました。私はこの年に大学に入って実際に展示を見ているのですが、これは衝撃的でした。



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