短所と長所は紙一重。 あなたはあなたのままでいい。

「鈴木、お前は落ち着きがないな」

高校生の時、私がシャカシャカ動くものだから、先生や友人によく言われました。周囲はのんびりした友人が多かったし、時代もゆったりしていました。だから、シャカシャカ動くのは自分の短所だと思っていました。

ところが、会社で仕事を始めると、

「鈴木は、てきぱきしているね」

と、褒められることがありました。会社ではスピードが求められますし、時代は進み、電車も工場の機械も、あらゆるものがスピードアップしていました。

時代が変わると、悠長にじっくりと考えるよりも、さっさと考えて答えを出して動く人のほうが認められるわけです。

シャカシャカ動くのは、いつのまにか私の長所になっていました。

個性は時代との組み合わせで、良くも映り、悪くも映ります。

時代によって、自分の短所が長所と受け止められることもあるし、逆に、自分の長所が短所と受け止められる時代もある。

だから、自分の短所を極端に卑下することはないし、逆に長所を誇示することもありません。両方を自分だと思ってありのままに受け止めるのがいい。

もし、会社での今の評価が悪かったとしても、いつか、いい評価をもらえる日が来ます。評価も時代と共に変わります。

評価は人が勝手に決めていることで、自分は自分です。過去を変えることはできません。短所も長所も両方自分だと思える人は、物事を大きく構えられて、スケールの大きな人になることができます。何よりも、短所に目が行っていると、前に進めません。「自分はダメだ」と落ち込むことに時間を取られてしまう。

「短所も自分」「失敗するのも自分」と、自分をまるごと受け入れてしまうと、ラクになるし、「次へ行こう、次へ」と思えるから、仕事も早く進みます。

私はそれに気づいた時、ふっと、体がラクになって仕事も早く進むようになりました。

自由に生きていい……。

私はそう思います。

「禍福は糾える縄の如し」ということわざもあります。

「災いと幸福は表裏一体で、より合わせた縄のように交代でやって来るものだ」という意味です。不幸だと思っていたことが幸福に転じることもあるし、幸福だと思っていたことが不幸に転じたりすることもあります。

私は、人生はいい時ばかりじゃなくて、どちらかといえば、よくない時期が多いと思っています。特に、若い時はけなされるし、ばかにされる。でも、それは「自分が未熟だから」と思って受け入れなくてはいけない。そういう苦しい思いを糧にして、人は強くなっていくのです。

これはどんな人間にも当てはまります。日の光ばかりが当たり続けている人間なんていやしない。逆に、影の時代が長い人がほとんどです。でも、影だからといって悲観しなくていい。

後ろ側にいる時は、人間は鍛えられるし、光の当たっている時は、自信をつけられます。ただ、光の当たっている時に、油断してはいけません。たとえば、ある日、すごく賭けごとで当たって、儲かったとしても、それが続くわけじゃない。それなのに、油断して続けると、自己破産になることもある。油断したら人生は負けなのです。極論をいえば、「今は幸せ」とか「今は不幸だ」といちいち気にしないほうがいいということです。