更なる分断の可能性も!? 米大統領令の功罪

1月31日の「森本毅郎・スタンバイ」の「日本全国8時です」の放送内容をお届けします。(以下内容は放送当時の内容です。)

テーマ:アメリカ大統領令の功罪

ここのところトランプ大統領の話題でもちきりだが、本日は「アメリカ大統領令」の功罪についてお話したい。トランプ大統領はここのところ次々と大統領令を発し、就任からの10日間ですでに17本となっている。例をあげると、移民・難民の制限、オバマケアの撤廃、TPPの離脱などである。特に難民の制限に関する大統領令の影響により、世界中の空港で多くの人が足止めされるなど大混乱に陥っている状況。そういったことから、大統領令とはいったい何かということを過去の事例も振り返りながら考えてみたい。

【大統領の一存でできる命令】

よくテレビで大統領が署名している場面を見かけるが、大統領の署名で容易に発令できる行政命令のことだ。私がワシントン駐在していた間もいろいろ出ていたのだと思うが、あまり意識したことはなかった。いったい大統領令はどんな権限を持つのかを一言で表すと、「大統領の一存でできる命令」で、最高裁判所が違憲判断を出した場合のみ対抗措置をとれるが廃止には時間を要する。

今回、移民・難民制限においては発令後世界中が混乱してしまった。サイン後、即効性のある発令であり、停止には時間を要することから問題の大きさによってその間混乱状態に置かれてしまう。

この権限を歴代の大統領は使ってきた。大統領令は1789年就任のワシントン初代大統領から存在しているが、1900年代に入り過去にさかのぼって通し番号を振ることになった、初の大統領令はリンカーン大統領が1862年に発令した「奴隷解放令」がNo.1であり、「奴隷解放宣言」になっているものだ。これはアメリカの歴史にとって重要なものであることから、これを1番にしているともいえる。アメリカの「自由」「平等」というメッセージがよくあらわされており、アメリカの精神を発露するものであるともいえる。

南北戦争によって多大の犠牲を出したものの北部が勝利し、奴隷解放宣言をすることによって建国以来の大問題であった「黒人奴隷制」の問題は一応の決着をみせアメリカの奴隷制は廃止された。

【ルーズベルト大統領はダントツの多さ!】

歴代大統領の中で誰が一番多く大統領令を発令しているのかを探ってみると、それはフランクリン・ルーズベルトで3522本も発令していた。在任期間が12年強と長かったこともあるが、1年間あたり平均で293本発令していることになる。単純に考えると1年365日と考えると3日のうち2日は発令していた。前任のオバマ大統領に目を向けると、在任期間の4年で277本と結構発令している。しかしながら、その重要性に我々はこれまで着目してこなかった。

【暗殺の要因になった大統領令も!?】

歴史上において重要な大統領令はいくつかある。その1つは、1963年にケネディ大統領が発令したNo.11110。これはアメリカの財務省が「政府紙幣を発行できる」ものだった。実際に42億ドル(現在の日本円で4830億円)の政府紙幣が発行された。政府紙幣は政府が直接発行した紙幣に通貨としての効力を与え、中央銀行が発行する流通紙幣と同等の価値を持つものとなる。

しかし、既存の世界的に流通している貨幣の効力を低下させる上に、政府紙幣が無制限に発行された場合には猛烈なインフレーションを発生させる危険性がある。そのため、世界で導入しているのは香港など一部に限られている。この大統領令発令から半年後にケネディ大統領は暗殺されてしまうが、一部にはこの大統領令が暗殺の原因だったのではという陰謀論もささやかれている。

実際のところ、暗殺と大統領令の因果関係はわからないが、その後ひっそりとこの政府紙幣は姿を消した。ケネディ大統領が政府紙幣を発行した理由は、政府紙幣によって予算を捻出するのに有利だと考えたからではないかと思われる。

こうやってみてくると、大統領のサイン1つで発令できる大統領令というのは問題に対して素早く効力を発揮できるという利点もあるが、大きな危険性を含む側面もあるといえる。

【アメリカ史に残る汚点の大統領令は日本関連・・・】

さらにひも解くと、日本に関する大統領令もあった。第二次大戦中に大統領令によって、全米各地の収容所に約12万人の日系人が強制収容された。この大統領令は戦後40年以上経ってから、ようやく「人種的偏見と戦時のヒステリーに基づくものだった」とアメリカ政府は謝罪、賠償したがアメリカ史においては汚点とされている。

トランプ大統領が発令している大統領令は世界的にも問題となっており、世界は混乱している状況だ。大統領令は「素早く政策を実行」でき、「大統領の実行の宣伝力になる」という意味からもトランプ大統領自身そこに目をつけ、世の中的にも大統領令の注目度が高まっている。これまであまり問題にならなかったのは、いい大統領令もあり、世の中の役に立っていたということなのかもしれない。

【議会の歯止めが重要なカギに】

トランプ大統領はパフォーマンスとして大統領令を使っているようにみえるため、賛否両論入り乱れている。本来、大統領令として出すような問題に対してはきちんと議会で議論を重ね、民主的な手続きを踏むべきだと思う。メキシコに壁を作るという問題やNAFTAの再交渉などの問題に関しても、アメリカだけの問題ではなくメキシコに進出しているトヨタといった企業やさまざまな国も関係してくる。国会で議論し、世界各国の意見を聞くという形から大統領令発令に進むべきだと思う。

アメリカ国内においてもスターバックスやシリコンバレーのIT企業(※)などでは社員に対して「出国しないよう」呼びかけている。そういう意味からも功罪は非常に大きいと思う。今回の移民制限の問題は本日の読売新聞でも報じられていたが、閣僚でも発令することを知らなかった人も多く、ごく限られた人で決められたものであったようだ。これがトランプ政権の大きな特色だということになると、気をつけなくてはならない。独裁につながる危険性もあるだけに議会がそれを止めることが非常に重要だ。

※上記の内容は放送日当日の内容です。

(※)ロイター通信は2月6日付(現地)でイスラム圏7か国からの入国などを制限する大統領令を巡り、憲法違反だとして提訴したワシントン州を支援しているアップルやグーグルなど米企業127社(当初96社、後に31社が追づい)は、大統領令に反対する意見書をサンフランシスコの控訴裁判所に提出したと報じている。

(参考情報)報道各社は3月6日付(現地)でイスラム教徒が大多数を占める6カ国(イラン、リビア、シリア、ソマリア、スーダン、イエメン)の市民を対象にした新しい入国禁止の大統領令に署名したと報じた。16日に発効し、90日間の入国が禁止されるほか、すべての難民受け入れを120日間停止する。

ホワイトハウスによると、連邦裁判所に執行停止が命じられた前回の大統領令で禁止対象の7カ国に含められていたイラクは、イラク政府がビザ審査強化と情報共有に合意したため、新たな大統領令の対象から除外された。新大統領令によると、国務省がすでに受け入れを認めた難民は入国できる。またすべてのシリア難民を無期限に入国禁止にするという前回大統領令の規定は、解除された。米国永住権(グリーンカード)を持つ対象国の国民は、禁止の対象から除外される。