MLBファンにとって新年最初の大きなイベントは、全米野球記者協会(BBWAA)選出の野球殿堂入り投票結果の発表で、今年は1月18日に予定されている。ここでは、2回に分けて殿堂入りとは何か、今回の投票の見どころは何かを述べてみたいと思う。
まずはそのシステムを紹介しよう。野球殿堂入りには2通りのルートがある。ひとつは、現役引退後5年以上経過した元選手を対象とする、BBWAAによる投票だ。これは、BBWAAに連続する10年以上在籍の記者による10名連記式で、75%以上の記者からの票を得ると晴れて殿堂入りとなる。被投票資格は長い間最長で15年間保持できることになっていたが、2014年から10年に短縮された(ただし、その時点ですでに10年以上が経過していた候補者には引き続き15年が適用された)。また、途中で得票率が5%を切ると翌年以降の資格を喪失する。最近ではドジャースなどで活躍した野茂英雄が、候補者名簿に名を連ねた初年度の2014年に1.1%で資格を失っている。
それにしても「10年間」というのがミソだ。一旦引退したら、積み上げた安打数や勝利数は変化しない。それなのに、10年間もチャンスがあるということは、絶対評価以上に相対評価を重視している殿堂入り投票には重要だ。素晴らしい成績を残しながら、同じ年に有力な候補者が溢れ割りを食うこともあるからだ。
「相対評価の10年間」には、毎年の選出者数を平準化する効果もある。「殿堂入り」は多くのファンの注目を集めるコンテンツだ。近年では2013年のようにBBWAA選出者がゼロの年もあったが、野球殿堂やMLB機構としてはなるべく毎年コンスタントに話題を提供したいはずだ。
また、10年(または15年)もの期間があれば、時代の流れによる選手の評価に対する基準の変化にも対応できる。具体例を挙げよう。2011年に14年目でようやく殿堂入りとなったバート・ブライレブンなどは、通算287勝を誇りながらもサイヤング賞受賞はおろか最多勝利や防御率のタイトル獲得も無く、20勝以上も一度のみとその球歴にハイライトがないため、票数が伸びなかった。しかし、そんな彼が最終的に栄誉を受けたのは、セイバーメトリクスの発達により、5000にも達さんとする投球回数(正確には4970回)の価値などが改めて見直されたおかげもあると言われている。
通算762本塁打のバリー・ボンズや354勝のロジャー・クレメンスなどの薬物疑惑者へ対しても、現在投票者たちは厳しい評価を下しているが、彼らが被投票資格を保持している期間(2021年がラストイヤー)に考え方のトレンドに大きな変化がないとは言い切れない。だれがクリーンでだれがそうでないのかを、正確に判断することなど不可能だからだ。
もう一つの殿堂入りルートは、ベテランズ委員会による選出だ。「ベテランズ委員会」(Veterans' Committee)と称したが、これはかつての名称で、現在は単にThe Committeeと呼ぶのが正しい。しかし、現地のメディアも未だにベテランズ・・・と表記しているケースが多いので、ここでもそれに倣う。
そのベテランズ委員会は、BBWAAでの選出資格をすでに喪失してしまった元選手や、監督、審判、経営者などの選手以外の関係者をカバーしている。基本的には「埋もれた偉人を掘り起こす」ことを目的としているが、カバーエリアが広すぎかつ候補者たちの時代背景も異なるため、1世紀以上の歴史を4つの時代に分けて順番に選出している。
こちらもBBWAA投票同様に75%の得票率を得ると殿堂入りとなるが、最大の違いは投票者数で、BBWAAでは400人以上(偉くなりすぎてろくすっぽ現場で取材をしていない「幽霊部員」、いや「幽霊巨匠」?を、2015年に100人以上追い出した結果だ)が投票権を持っているのに対し、こちらはわずか16人で、殿堂入りを果たした元選手や野球史家などの識者で構成されている(ぼくは、殿堂入りしている者が投票権を持つのは、公平性の確保の観点から問題だと思う。だれを入れるかで自分の価値が異なってくるからだ。実際、このメンバー達はほとんど元選手を選ぼうとしない)。
また、発表時期も異なる。BBWAA選出が年明けであるのに対し、ベテランズ委員会は12月と一足早い。今回に関しては 12月4日にすでに発表されている。そしてその投票は1988年以降の「現代」(Today's Game)を対象としており、2014年までコミッショナーを務めていたバド・シーリグと、1991年に始まった14季連続地区優勝というブレーブス黄金時代を築き挙げたGMにして現在は同球団の社長職にあるジョン・シャーホルツが選ばれている。
この2つのルートでの選出の発表時期が異なっているというのは重要なポイントだ。前述の通り、殿堂入り投票結果の発表は、球界にとってオフの間の最も重要なイベントだ。両者の発表を2度に分けることにより、メディアへの露出の機会を2度確保しているのだ。さらに言えば、殿堂入り投票が話題になる機会がオフの間に3度ある。まずは、ワールドシリーズ終了後の11月にBBWAA選出の候補者の発表があり、12月にベテランズ委員会選出の結果発表がそれに続き、年明けにメインイベントのBBWAA投票結果の発表となる。
そして、その3つの山場の前後には、メディアでは正論のみならず暴論?も含めた予想や結果に対する論評が百出する。実はこれが日本の殿堂入りとの最大の差だとぼくは思っている。残念ながら、日本の場合は結果だけが淡々と報道されるだけで、予想や論評の記事がメディアに出てくることはほとんどない。逆に言えば、殿堂入りにメディアもファンもそれほど関心を示していないのだ。アメリカでは殿堂入りは野球人にとって最高の栄誉とされているが、日本では「名球会入り」がそれに近い地位を占めているのもその理由の一つかもしれない。
実は、殿堂入り(のようなもの)はもうひとつ(正確にはふたつ)ある。それは、ブロードキャスターを対象とした「フォード・フリック賞」と、ジャーナリストを対象とする「JG・テイラー・スピンク賞」だ。
2016年を最後に66年間!ものプレー・バイ・プレー・アナウンサーとしてのキャリアを終えたビン・スカリーさんなどは、1982年に「フリック賞」を受賞しているため、アチラの媒体でも良く「殿堂入りブロードキャスター」と称されることがある。しかし、厳密にはこの呼び方は間違っている。これらのふたつの賞は野球殿堂が選出するのだが、そのプラークは殿堂(Hall of Fame)という文字通りの「ホール」とは全く別の場所に掲げられており、そのサイズも極めて小さい。それに対し、BBWAAやベテランズ委員会から選出された者の大きなプラークはその「ホール」に掲げられている。彼らは、文字通り「ホール入り」するのだ。
「お勉強」はこのくらいにして、次回は発表を寸前に控えたBBWAA選出結果の予想や見どころをお伝えしよう。