「よくできました!」評価されるハーバード式・英語論文の作り方 『ハーバード留学記Vol.23』 山口真由



 さて、前回まではブラック・フェミニズムについて書いてきた。今回は、文章の書き方についてもうひとつの典型的なパターンを書いていきたい。

 以前、文章の書き方のポイントとして、次のように書いた。

<視点>二項対立

<構成>とにかく3つ事例・理由を挙げる

 この3つの事例なり、理由なりを挙げるというのは、とてもクラシックなスタイルである。

 ところが、どうしても3つの事例なり、理由なりが見つからないことがあると思う。そういうときにもっとお手軽な英作文の方法を、今回は書いてみたい。

<視点>二項対立

<構成>ここも二項対立

 視点だけではなくて、構成にも二項対立を使ってしまう。「Aは~~。一方、Bは~~。」視点が決まった時点で構成も決まるので、これはとてもシンプルな手法である。

 けれども、これだとシンプルすぎるから一捻りが必要。さて、どういう一捻りなのだろう。今日はこのテクニックを書いていこう。

 最も重要なことは、

a) ひねりによるドラマチック効果

「Aは〇〇。一方、Bは××。」といったん断言する。そのうえで「ところが、一見〇〇に見えたAは実は××の側面を持ち、逆に、××と思っていたBには〇〇の思惑がある」とひっくり返す。

これによって、ドラマチックな効果が生まれるのである。本文で詳しく説明していきたい。

 これは、aと比較すると少し些末なテクニックではあるが、

b) 書き出しと結語の統一による一貫効果

書き出しと結語に同じ言葉を使う、印象的な警句を持ってこられればなおよい。

書き出しと結語が同じであると、文章に一つの軸が通っているかのような印象を与える。印象的な警句ならば、文章自体も味わい深いものになるのである。

 これはなにも英作文だけではない。どの言語だろうと文章を書くこと全体に共通するテクニックである。

1. 視点も二項対立、構成も二項対立の英作文

 さて、前々回くらいからブラック・フェミニズムとその旗手であるパトリシア・ウィリアムズ/レジーナ・オースティンの話は、散々、書いている。だからここであえて繰り返すことはしない(参照:<vol24とvol25のリンクを貼れませんか>)。

 そこで、早速、パトリシア・ウィリアムズとレジーナ・オースティンを使った文章構成(視点も二項対立、構成も二項対立)の具体例を紹介していこう。

パラグラフ1 書き出し:

「この社会で、人種の話を無視するなんて贅沢なことができるのは白人だけよ」

 ブラック・フェミニストのこの言葉は、ミドル・クラスの白人フェミニストにはずいぶんとショッキングに響いたに違いない。フェミニズムというのは、他に何一つ不自由のない白人中産階級の女性たちの傲慢な道楽なのだろうか。このレポートで、私はブラック・フェミニストである二人の黒人女性学者パトリシア・ウィリアムズとレジーナ・オースティンを比較したい。二人は全く逆の手法を取った。奴隷の祖先を持ちながら、黒人女性学者のパイオニアとなったパトリシア・ウィリアムズは、自らの主観的な経験を生きた証拠として論文に活用する。一方のレジーナ・オースティンは、客観的な観察者であることに徹するのである。

パラグラフ2 視点A:パトリシア・ウィリアムズ

 パトリシア・ウィリアムズは連帯派である。

 ウィリアムズが幼い頃から、黒人社会の限界を超えて羽ばたいていくよう、彼女の良心は、彼女に望みをかけた。彼女が、ハーバード・ロースクールに入学するとき、母親は彼女に対して「私をロールモデルにしないで」という。その代わりに「ミラー家は弁護士一族だった。あなたにはその血が流れているのよ」と告げる。ミラー家というのは、ウィリアムズの祖先の黒人奴隷少女をレイプして妊娠させた白人の主人である。

 その卑劣な血さえ例に出してしまうところに、ウィリアムズの階級上昇にかける母の切なる望みが表れている。黒人社会の限界を超えて、白人社会の中で羽ばたいていくことは、母が娘に託した見果てぬ夢だった。

 ところが、ウィリアムズは階級上昇の過程で自分を見失ってしまう。白人社会の中で、彼女は時としてまるでそこに存在しないかのように扱われた。階級上昇して黒人社会から切り離されながら、白人社会に完全に受け入れられることはない。ウィリアムズは、自らのアイデンティティを失っていた。

 だから、彼女は、祖先からつながる黒人としての連帯を夢想した。自分がその大きな集合体の一部と思うことで彼女のアイデンティティは行き場を得たのである。

パラグラフ3 視点B:レジーナ・オースティン

 レジーナ・オースティンは分断派である。

 黒人の集合体としての「ブラック・コミュニティ」なんてものはノスタルジックな幻想にすぎないことを、冷徹に明らかにしていく。容易に法を犯す無法者(ストリート)と、法を順守する中産階級(ストレート)、黒人社会はとっくにふたつに分断されている。

 それでも、無法者の文化を強調して、それを「ブラック・コミュニティ」という黒人全体の文化にしようとする力が働く。階級上昇したはずの黒人中産階級も、この「ブラック・コミュニティ」の中に留め置かれるのである。その力の源について、オースティンはa)白人社会からのプレッシャーの他に、b)黒人中産階級のノスタルジーを挙げる。黒人の階級上昇を許すまいとする白人の外圧の他に、黒人社会の内圧がある。新しい階級のアイデンティティの代わりに、無法者を英雄視して、その「ブラック・カルチャー」の中に、自らのアイデンティティをつなぎとめる力が、黒人中産階級の内部で働いているのである。冷徹な筆でえぐるように、この事実を明らかにしたのがオースティンの面目躍如足るところである。

2. シンプルすぎる構成をドラマティックにする技

 さて、皆様、お気づきだと思うが、二項対立的な構成というのはとってもシンプルである。

「パトリシア・ウィリアムズは連帯派で、レジーナ・オースティンは分断派である」という分かりやすい構成である。

 でも、このままでは英作文としてはインパクトが足りない。ドラマチックな要素がない。「Aは~~、Bは~~」と緻密に比較していく構成が悪いとは全く言わないが、それだけで、A評価がつく文章を作るのはかなり難しい。

 と、ここでこのシンプルすぎる構成を簡単にドラマティックにする技を教えよう。

 ねじるのである。

 言い換えると、AとBの中に逆の視点を見つけるのである。

 つまりね、パトリシア・ウィリアムズは連帯派、レジーナ・オースティンは分断派と言っておきながら、ウィリアムズの中に逆に分断の視点を見出し、オースティンの中に連帯の視点を見出す。

 ここでウィリアムズとオースティンがねじれる。そして、間違いなくドラマチックな効果が生まれる。

 具体的に見ていこう。



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山口真由

1983年(昭和58年)札幌市出身。筑波大学附属高等学校進学を機に単身上京。2002年、東京大学教養学部文科Ⅰ類(法学部)入学。在学中3年生時に司法試験合格。4年生時には国家公務員Ⅰ種試験合格。また、学業と並行して、東京大学運動会男子ラクロス部のマネージャーも務める。「法学部における成績優秀者」として総長賞を受け、2006年、首席で卒業。同年4月に財務省に入省し、主税局に配属。主に国際課税を含む租税政策に従事。2008年に財務省を退官。2015年9月~2016年7月、ハーバード大学ロースクール(法科大学院)に留学。2016年8月、ハーバード大学ロースクールを卒業し、日本での活動を再開。

最新の著作は『前に進むための読書論』(光文社新書)。また、TOKYO MX『モーニングCROSS』にコメンテーターとして出演中。