女王様のご生還 VOL.256 中村うさぎ

コロナ罹患以降、どうにも体調が安定しない。

まだ微量のウィルスが体内に残っているのか、単に老齢のせいで回復力がないのか、原因は不明だがとにかくダルくて一日中眠り続けてしまうような日々が続いている。

そういえば、父方の祖母も一日中寝てた気がするなぁ。

たぶん当時60代だったと思うから、遺伝的に虚弱体質なのかもしれない。

それにしては今年で齢90歳になる父はピンピンしてるけど、父の姉たちは全員既に亡くなっている。

母方は長寿だが、父方は割と短命なのだ。

私がどちらの体質を受け継いでいるのかは未だ不明であるものの、例の病気以来すっかり衰弱してるところを見ると、たぶんさほど長生きはしないだろう。

ああ、よかった。

長生きって、ほとんど呪いに近いよな。

世間の人々がなんであんなに長寿を祝ったりするのか、まったく理解できないよ。

100歳まで生きるとか、恐ろしくて背筋が凍るわ。



「人生50年~」なんて謡ってた織田信長の時代には、今の私みたいに64歳まで生きた時点で長生きだったんだろう。

当時の医療の未熟さや栄養状態の悪さなどが主な原因だろうが、できれば私も50代で死にたかった。

病院で心肺停止したのが2014年だから、ちょうど56歳の時だ。

やっぱり、本当はあの時に死ぬのが妥当だったのかもしれない。

なのに、あれから8年も生きてしまった。

まったくもう、人生ってのは本当に思いどおりにいかないものだ。

織田信長は「人生50年~」とか言いながら、結局、50年も生きられなかった。

天下統一の夢半ばで死ぬ羽目になって、さぞや悔しかっただろう。

だけど私は信長と違って壮大な夢などないから、これっぽっちも悔しくない。

死にたくない人が早死にして生きたくない私がおめおめと生きながらえるのは恐縮至極である。

でもさ、もし信長が長生きしたとしても天下統一できたとは思えないから、己の夢が潰えるのを目の当たりにする前に死ねたのは逆に幸福だったのかもしれないよね。



大人はよく「夢を持て」なんて子供に言うが、夢など抱かずに生きた方が絶対にラクだと思う。

夢がなければ生きるモチベーションも上がらないかもしれないけど、夢なんか持ったばかりに苦しむ人も大勢いるし、たとえ夢が叶ったとしてもその後の人生はたぶん空虚だ。

若い頃の私はべつにエッセイストになりたいとは思ってなかったが、文章で身を立ててそこそこ世間に知られる存在になりたいという夢は持っていた。

で、まぁ、そこそこ知られるようにはなったわけだが(たぶん)、思ったより気持ちよくなかったのでかなり愕然としたのであった。

自分でも知らなかったけど、私が欲しかったのは世間の承認ではなかったようだ。

世間に承認されれば、私が私のままで生きることを許されるのかと思ったら、そうではなかった。

むしろ、逆だ。

世間の承認とは、見ず知らずの他者が勝手な期待や幻想を私に注ぎ込み、私が好きなことを言ったりしたりすると「失望した」とか「裏切られた」などと怒ったりすることだったのだ。

ああ、めんどくさい。

なんて不自由なんだ。

ふざけんなよ、私はおまえらのために生きてるんじゃねーからな!

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