小学生の頃に「GS(グループサウンズ)ブーム」というのがあり、長髪で王子様みたいな衣装を着たバンドに女の子がキャーキャー騒いでいた。
私もさっそく影響を受けてタイガースというバンドに入れ込み、親にねだってレコードを買ってもらったりしたものだ。
とはいえ、私にはどうしても理解できない当時の社会現象があった。
GSのコンサートなどで頻発した「失神」現象である。
オックスという人気バンドのコンサートで、ファンの女性たちが狂乱状態になり、次々に失神してバタバタと倒れては係員に運び出される様子をニュースで見た。
それどころか、ファンのみならずオックスのメンバーまで演奏中に失神したりして大騒ぎになっていた。
こ、これはいったい何事なんだ!?
9歳か10歳くらいだった私には、何故この人たちが気絶するのか意味がわからなかった。
後にオックスのメンバーが語ったところによれば、バンドメンバーの失神は「やらせ」であったらしい。
まぁ、そりゃそうだろうな。
ファンたちの興奮を煽るために失神したふりをさせるなんて、いかにも芸能プロダクションが考えそうな事だ。
が、彼らはともかくファンたちは本気で失神していたのである。
場の興奮に同調していわゆる「集団ヒステリー」を起こしたのだと言われていたが、それにしてもあんなドミノみたいにバタバタ倒れるもんか、普通?
現にGSブームが去った後、ジャニーズタレントやらいろんなアイドルが女性たちをキャーキャー言わせてコンサート会場を沸かせたけど、まぁ知らないところでひとりやふたり失神したファンがいたにせよ、あのGSブームの時みたいに失神者続出といった騒動は聞いたことがない。
あれはいったい何だったんだ?
60年代のGSブームは、言うまでもなくビートルズ旋風の影響である。
全盛期のビートルズのコンサートでも、興奮した女性ファンが失神して運び出される騒ぎがあった。
つまり、あのGSブームでの「失神」は、ビートルズと一緒に日本に輸入されて来たひとつの流行だったのだろう。
彼女たちは「ファンの流儀」に則って失神していたわけだ。
後のジャニーズには失神の流儀がなかったから、ファンはどんなに熱狂しても失神はしなかった。
となると、彼女たちはきわめて意識的に失神していたのか?
失神というのは意識を失うことであるが、意識的に失神するなんてはたして可能なのか?
私も極度の貧血で失神したことがあるけど、あれは自分でコントロールできるような生理現象じゃなかった。
具合の悪さに耐えているうちに目の前が真っ暗になって、電車の中でヘタヘタと崩れ落ちたしまったのだ。
人前で倒れるなんて恥ずかしいから倒れまいと頑張ったのに、無理だった。
あれが本当の「失神」だとしたら、「意識的な意識不明」などという矛盾に満ちた失神なんてあり得るのか。
そこで思い出したのが、50年代の映画でよく見かける「女性の失神シーン」だ。
現代の映画ではとんと見かけないが、あの当時はショックを受けた女性がバターンと倒れるシーンがよくあった。
マリリン・モンローもエリザベス・テーラーも、映画の中で片腕を額に当てたポーズでなよなよと失神していた。
あれもまた、私にとっては理解に苦しむシーンだった。
そりゃまあ、ショックな事が起きると同様のあまり頭がクラクラして意識が飛びそうになるのはわかる。
だが、あんなわざとらしいポーズの失神なんて現実世界で見たことがない。
昔は「アメリカ人って大袈裟だなぁ」と思っていたが、あれもまた当時の「流儀」だったのだろうか。
女性はショックを受けると片腕を額に当て仰向けにバターンと倒れるものであり、それを逞しい男性が受け止めてお姫様抱っこするものである……などという「流儀」が一般的に共有されていたからこそ、ごくごく自然な演技のつもりで女優たちは失神ポーズを取り、誰ひとりそこに違和感を抱かなかったんじゃないか。
そして、そのような「流儀」が浸透してない日本の少女(←私)には、それが奇異で大袈裟に見えたのだろう。