女王様のご生還 VOL.240 中村うさぎ

「うさぎ図書館」で「他人をコピーしたがる人間」について書いたが、虚言者の中にも似たタイプが存在する。

「他人の人生を自分の人生として語る」タイプだ。

彼らはべつに他人の言動をコピーするわけではない。

ただ、他人の人生や他人の所有物(資産や地位や経験など)を借用するのだ。



20年ほど前、新宿2丁目で知り合ったゲイの青年がいた。

彼は私を見るとぐいぐい近づいて来て(私はこういう人が苦手である)、「ちょっと、あんた! 私もブランド物大好きなのよ!」と話しかけてきた。

まぁ、彼がブランド物好きだったのは本当だったのだと思う。

当時、私を見かけると近づいて来て同じような話をする人は何人もいたので、彼の事を特に奇異には感じなかった。



が、ある日のこと。

別のゲイの友人が、彼から聞いたという話を始めた。

「E(←彼の名前である)ったら、こないだ、フェンディの毛皮のベストを衝動買いしちゃったんだって」

「ふーん」

「何十万円もしたのに、家に帰って着てみたら全然似合わなくて、マタギみたいになっちゃったんだってよ! あはははは!」

「…………」

なんかその話、聞いた事がある。

てゆうか、私が自分のエッセイに書いた話じゃーん!

しかしまぁ、私と似たような体験をした人はこの世に大勢いるだろう。

そう思ったので、一瞬不愉快に感じた自分を諫めた。

自意識過剰だぞ、中村!

フェンディの毛皮を着てマタギのおっちゃんになる人間は、この世におまえひとりじゃないのだぞ!



だが、別のある日、またしても友人が彼の噂を聞かせてくれた。

「Eったら、今度はグッチの毛皮のコートを買ったんだって」

「ほお~」

「店で試着した時からサイズが大き過ぎるってわかってたのに、どうしても欲しくて買っちゃったんだけど、着たらムササビにしか見えないんだって」

「…………」

「どう見てもコートっていうより敷物のサイズだから、今度、お花見の敷物にでも使おうかしらって言ってたわ! バッカねぇ!」

はい、バカですよね。

そして、その話、私の話です。



今こうして書いていると、ただ自分のエピソードを剽窃されたというだけの他愛ない話なのだが、当時の私はものすごく腹が立った。

どうしてあんなにムカついたんだろう?

金や物を盗まれたのならともかく、ただ私の体験を我が事のように話したというだけで、私には何の損害も発生していないのに。

でも、あの時の私は確かに「盗まれた」と感じたのだ。

私の人生の一部が盗まれた、と。

人生というものは「私の体験」の集積だ。

だから、私の体験が他人に剽窃されると、人生の一部を掠め取られたような気分になるものらしい。

とはいえ、よくよく考えれば、彼が私の体験を自分の体験のように語ったところで、べつに私の体験そのものがなくなるわけではない。

だから、これは「盗み」というより「借用」と解釈すべきだろう。

が、どのみち不快には変わりない。

我々は、自分だけの体験と感情を積み重ね、己の人生を構築していく。

いい人生であれ悪い人生であれ、それが「私の体験」である限り、この人生は自分だけのものだと実感できるのだ。



不思議なのは、そのように他人の体験をいとも安易に借用し、自分の物語にしてしまう人々の心情だ。

彼ら彼女らは、いったいどんな気持ちなんだろう?

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