女王様のご生還 VOL.141 中村うさぎ

シリアルキラーの多くは心の奥底に激しい怒りを溜め込んでいる。

前回取り上げたチカチーロも夜尿症や勃起不全というコンプレックスを抱え、それを嘲笑ったりからかったり罰したりする周りの人間に対する怒りが深く深く沈殿していた。

エドガー・ケンパーもエド・ゲインも性的なものに対して異様に潔癖で厳格な母親に折檻を受けたり罵られたりして育ち、母親への憎悪を募らせた挙句の爆発であった。

子供を育てる大人が己の男性嫌悪や女性嫌悪を無自覚に投影した躾けをすると、その子の世界観・人間観は間違いなく歪む。



ジョン・ウエイン・ゲイシーもまた、そんな親の偏見に歪められた人間だった。

息子に西部劇の人気俳優「ジョン・ウェイン」の名を付けるほどマッチョ志向の父親は、当然のように「男らしさ」や「強さ」を我が子に求めたが、ジョンは虚弱体質で、しかも父親がもっとも嫌うゲイだった。

それゆえ、父親から「オカマ」と罵られながら育ったわけだが、彼はそんな父親にどうしても認めてもらいたくて一生懸命に働いて出世し、ついに地元の名士にまでのぼりつめるのである。

が、溜まりに溜まった怒りやコンプレックスが爆発し、ついには33人の少年たちを殺して床下に埋めるシリアルキラーになってしまった。



ジョン・ゲイシーは、「殺人ピエロ」という異名を持つ。

彼はしばしば慈善パーティなどでピエロの扮装をし、子供たちを喜ばせていたのだ。

また、収監後もピエロの絵を描き続け、まるでピエロに取り憑かれていたような印象を受ける。

「ジョン・ゲイシー」で画像検索したら、ピエロの画像が山ほど出てくるのだが、そのたびに私は「なぜピエロ?」と思ってしまうのだ。

人気者のピエロに扮していれば親しみを持たれやすく少年たちに簡単に近づけるとか、ピエロのように万人から愛されたかったとか、そういう理由もあるんだろうが、それにしてもあまりにピエロに執着し過ぎてないか?



「ピエロ恐怖症」というものがある。

ピエロが怖くて怖くて仕方ないという精神的な症状だ。

似たものに「着ぐるみ恐怖症」や「人形恐怖症」などもあり、要するに無表情で何を考えているかわからない不気味さが恐怖を煽るらしい。

かく言う私も、ピエロが好きではない。

恐怖症というほどのものではないが、TVなどにピエロが登場すると何やらザワザワとした不快感を覚える。

マクドナルドのマスコットはドナルドというピエロだが、あいつを見るたびに「こいつ、絶対に邪悪だ!」と感じるのだ。

理由もわからないし根拠もないが、「子供たちを楽しませよう」という善意を装いながら、その実、腹の底ではとんでもない凶悪な意思を抱えているようにしか見えない。

それはべつにジョン・ゲイシーからの連想ではなく、ずっと前から感じていたことだ。

そして「ピエロ恐怖症」というものがこの世に存在することを知って、「これは私ひとりの感覚ではなく、他にも少数ながら何人かが同じようにピエロから邪悪なものを感じ取っているのだ」と、いよいよ自分の感覚に自信を持った。

ジョン・ゲイシーがピエロに取り憑かれていたのも、それと共通する感覚ではないだろうか。

彼はピエロの愛嬌や陽気さを愛したのではなく、その得体の知れぬ邪悪さに惹かれたのだ。

それは、自分の中の闇と同質のものであった。

だからこそ彼はピエロを自分の分身とみなし、積極的にピエロの扮装をしたりピエロの絵をまるで自画像のごとく熱心に描き続けたのだ。

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