女王様のご生還 VOL.193 中村うさぎ

漫画やアニメや映画における暴力シーンや性的な描写は、その作品にとって非常に重要な要素だったりするのだが、「教育に悪い」という正義のひと言でいとも簡単に削除されたり改変されたりする。

たとえばNHKの「キングダム」はBC221に秦王朝が生まれるまでの戦乱の世を描いた人気漫画のアニメ化作品だが、原作では血みどろに描かれる戦闘シーンがNHKの「教育的配慮」によってかなりマイルドに改変されたという。

だが、当時は剣や槍といった武器を振り回して戦うのが当たり前で、それこそ血の海の中に多くの死体が転がっていたはず。

その生々しさを描写する事の何が悪いのか、私にはまったくわからない。

戦争とは血や肉片が飛び散り人の命がゴミのように消費されるものなのだという事実こそ、我々が子供たちに教えるべきではないのか。

血も肉片も見せない綺麗事の戦闘で活躍する主人公を英雄として描くリアリティのない作品の方が、ずっと教育に良くない気がするのだが?

だって主人公はどうせ人を殺すんだよ。

戦争の英雄なんだから、それこそ敵の血を浴びまくって進んでいくんだ。

その事実をごまかして描くのは戦争を美化する行為であり、それが子供の教育にいいと本気でNHKが思っているなら、なんと浅薄な倫理観だろうかと呆れるばかりだ。

そもそも流血や残虐な死闘のシーンがNHK的にご法度なら、何故「キングダム」を選んだのだ。

もっとのほほんとしたほのぼの漫画をアニメ化すればいいじゃないか。

意味がわからんぞ、NHK。



このような自主規制は民放にも蔓延していて、たとえば乳首を見せてはいけないとかタバコを吸ってるシーンはNGとか、そのほとんどが私に言わせれば意味不明である。

乳首を隠せば男たちは乳首に興味を失くすのか?

喫煙シーンを見た子供たちはみんなヘヴィスモーカーになるのか?

ただただ隠蔽すればいいという考え方は単なる事なかれ主義であり、そんなものは倫理でも教育的配慮でもない。

本当に大切なのは暴力シーンを子供たちから遠ざける事ではなく、「暴力は是か非か」を子供たちに真正面から問いかけて自分で考えさせる事だと私は思う。



エロ描写も然りである。

性的欲求や性的関心は、それ自体は自然の欲求であるから決して「悪」ではない。

それをどう処理するかに倫理観が要求されるのだ。

嫌がっている相手に無理やり強要すれば、それはレイプであり、すなわち暴力だ。

性的欲求が悪いのではなくて、暴力的に他者を蹂躙する行為が悪いのだ。

そこをしっかり教えずに、ただただ性的関心を刺激する表現物を悪と断じて排斥しても、教育的には何の意味もなかろう。

放っておいても子供は思春期になれば性的欲求に目覚める。

その時に大人が与えるべき教育は、その性的衝動を禁じる事ではなく正しい知識を授ける事、すなわち性教育だ。

不用意な妊娠や感染を防ぐ手段、相手を傷つけない配慮……そういったものは自然に身につくものではなく、教育によって学ぶものだ。

真の「教育的配慮」とは、そういう事をきちんと教える行為ではないのか。



もちろん、そのような性教育を施したところでレイプや暴力行為に走る者たちはいる。

それは殺人がいけないと教えても人を殺す者がいるのと同じで、悪と知りながらその行為に魅せられたり罪悪感を持たない人間はいつの時代にも存在するのである。

「善悪」という概念は時代や文化によって簡単に引っくり返る。

殺人は悪だが、戦争時には敵を殺した者が英雄となる。

このように「善悪」とは環境によって常に揺らぎ続けるものなのだ。

だからこそ子供に「善悪」を教える時は、「何が善で何が悪か、その理由は何か」をしっかりと説明する義務が大人にはあると私は考える。

ただ周囲が「悪」と言ってるから、などという脆弱な根拠で善悪を教え込むべきではないのだ。

「周囲が悪と見做しているから」という教え方は思考停止を促すものであり、周囲の価値観が変われば簡単に覆されるような薄っぺらな倫理観を与えるだけである。

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