女王様のご生還 VOL.181 中村うさぎ

土曜の夜からどうも体調が悪いなと思ってたら日曜日と月曜日に完全にダウンしてしまった。

で、寝込んでる間にひたすらベッドでYouTubeを観ているうちに、私の中で「ピアノ男子」がブームになった。



じつはYouTubeってあまり観ないしYouTuberにも疎い。

べつに嫌いなわけじゃないけどYouTube観てるとiPadの電池消費量がハンパないんで(充電は別の部屋でやらなきゃいけないの)面倒くさいんだよね(笑)。

そんなわけで寝込んでる間はYouTube観ては別部屋で充電してる間に寝て、また起きたらベッドでYouTube観てました。



そんなこんなしてるうちに、ストリートピアノ弾いてる若い男の子たちを見つけ、彼らの華麗なスキルにすっかり度肝を抜かれると同時に、ものすごく楽しそうに弾いてる姿に魅了された。

ピアノというオモチャで自由にのびのびと遊んでる子供みたいな感じなんだよね。

しかもピアニスト同士が出会って連弾したり、他の楽器の奏者と即席で合奏したりするシーンもあって、それがまたいい。

言葉など交わさずとも「音楽」という共通言語で意思疎通し、見知らぬ者同士の間に「友情」みたいな絆が生まれるのは、私のようにひねくれたババアの心さえ溶かすのである。

ああ、癒されるわ~。



思えば私の仕事って、基本的にソロプレイだ。

もちろん編集者などの協力なくして本は出せないのだが、書くのは私ひとり。

他人と一緒にひとつの作品を書くという体験はしたことがないし、きっとできないと思う。

対談は他人との共著となるが、あれはあくまで会話であって、一緒に書いてるわけじゃないからね。

ただ、対談は私にとって唯一の「他者との合奏」で、大いに刺激も貰えるし別の視点や知識を得る貴重な体験なので、私は対談が大好きだ。

対談本ばかり出してると「自分で書けなくなったから他人に寄生してる」などと言われるが、自分で書く仕事と対談は私にとってまったく別物であるから、寄生しているつもりはない。

ずっと自分ひとりでピアノを弾いてきたので別の楽器の奏者とコラボしてみたくなった、という気持ちである。



でもやっぱり、私の仕事には音楽のような「他者とのコラボによる一体感」がない。

ひたすら羨ましいのは、あの「一体感」だ。

あんなふうに、出会った瞬間から特別な絆が生まれ盛り上がるような体験って、私の人生にあっただろうか?

夫や友人との関係は長い時間を積み重ねて築いてきたものであり、一朝一夕に出来上がるようなものではない。

「束の間」ということなら恋の方がより近いのかもしれないが、恋はすぐに泥沼になっていくので、あの楽しそうな合奏とは全然違う。

やはりああいう一体感は音楽ならではのものかもしれない。



音楽というのは確実に脳内麻薬を分泌させる。

私がそれを実感したのは、中高生の頃に通った学校での「ハレルヤコーラス」である。

キリスト教系の私立校だったので、クリスマスには特別な礼拝があり、全校生徒(あれ? 高等部だけだったかな?)でヘンデルの「ハレルヤ」を合唱するのだ。

そのためクリスマス前から音楽の授業は「ハレルヤ」の練習に費やされるのだが、もともと音痴で歌に興味のない私は授業中ほとんど真面目に練習しなかった。

それでもクリスマス本番となって全員が立ち上がり合唱が始まると、だんだん歌が盛り上がっていくにつれて魔法のような恍惚感が生まれ、最後の「ハレルヤ! ハレルヤ!」と狂気のごとく繰り返すクライマックスでものすごいエクスタシーを感じた。

あれはどう考えても脳内麻薬がハンパなく出てたと思う。

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