女王様のご生還 VOL.166 中村うさぎ

9月14日に右目の白内障の手術を受けて、両目ともきちんと見えるようになった。

世界が、新しい。

この世界はこんなにも鮮やかで明るくて美しいものだったのか、と感銘を受けると同時に、もうあのセピアの世界は消えてしまったんだなと軽い喪失感も抱いたりして。

人間なんて勝手なものだ。



でも目に映る世界って、アイデンティティにも影響するよね?

何もかもがセピア色にぼやけていた世界に住んでいた私は、たぶん「見ること」自体を半分諦めて生きてたように思う。

人の顔が識別できないから、新しく知り合った人をなかなか覚えられない。

そのうち、覚えようとする努力も放棄してしまう。



老人が環境の変化を嫌がるのは「今さら新しい環境に順応するのは億劫だ」と思うからだが、その原因のひとつには視覚の問題もあるんじゃないか?

半分手探りで歩いてるようなもんだから、見慣れた風景や人間の中で暮らしている分には安心だが、見知らぬ景色や人間関係の中に放り込まれるのが怖いのだ。

そう、自分が迷子になってしまう不安だ。

「私」は環境によって形成されている。

環境を失うと、私は「私」を見失う。



私がもっとも恐れるのは、死ぬ事ではなく、「私」を見失う事だ。

死んでしまえば「私」自体が消滅するから「私を見失う」という迷子状態にはならないが、生きながらにして目がかすみ耳が遠くなり記憶が抜け落ち世界像が曖昧になるという老化の果てには、必ずこの迷子の運命が待っている。



認知症の母を見ていると、日々、彼女の迷子っぷりは進行し、まるでアリスの夢の中の世界のように奇妙な出来事が起きているようだ。

先日の電話では「家を探すのに苦労している話」を延々としていた。



「家を探して、お姉さんと一緒にずっと一日中歩き回ってたの。いい家があるって聞いて急いで行ったんだけど、もう他の人に取られちゃっててね。みんな、家探しで大変なのよ。私たちは老人だから若い人たちに敵わないでしょ? あっという間に若い人たちに場所を取られちゃって……」

まるで花見の場所取りのように、家探しに奔走しているらしい。

どんな世界だよ、それ(笑)。

「でも、今は自分の家から電話してるんでしょ?」

そうツッコんだら、

「ええ、やっと家を見つけて落ち着いたところなの。当分はここに住めるみたい」

おまえはヤドカリかい!

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