「自己紹介すらできない日々からのスタート」
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私が誰かってよく分からない方もいらっしゃると思うので、まずは簡単に自己紹介から。自分の自己紹介は苦手なので、プロフィール読み上げ風に。
「東京大学を首席で卒業し、在学中に弁護士試験と国家公務員試験に合格。卒業後は財務省に勤務し、その後、弁護士に転じる。2015年8月からハーバード・ロースクールに入学し、翌年5月に卒業。」
ね、なんかすごい人みたいでしょ?
実際の私は、要領がいいわけでも、頭の回転が速いわけでもない。そういうと、「またまた~」と言ってもらえたりするけれど、実際に、このハーバード留学記を読めば分かっていただけると思います。
「あっ、この人、こんなにつらくて、情けない思いをしながら、ハーバードの1年間、頑張ったんだな」ってね。
では、これから、私のハーバードでの1年間を、恥ずかしかったことや失敗を交えて、できるだけ正直に話していきたいと思います。よろしくお願いします!
とにかく、ハーバードに入学してすぐは、英語の授業が全く理解できず、学生が何を質問しているのかもわからず、したがって教授の答えも分からない。私の発言は一言も伝わらない、授業中だって、友達同士の雑談だってそれは同じである。日本に帰りたい、とにかくこの場から逃げ出したい、そんな気持ちでいっぱいだった。
そんな私が、クラスでトップの成績の生徒だけに与えられるディーン・スカラー・プライズを取得できるまでになったのはなぜか。これが自分でも不思議でたまらないので、この連載を書きながら、そこのところを考えてみたいと思う。
1. 恐怖の自己紹介
ハーバードの新学期は9月にはじまる。しかし、私たち180人のクラスメイトは、それより半月早く集まった。クラスメイトが各々親しくなるように、ハーバードがレクリエーションを用意してくれたのである。親切な学校でしょ?
しかし、これが恐怖のはじまりだった。
とにかく、私の発音の問題だろうが、私が話した英語は、誰にも理解されないのである。
ハーバードが用意するレクリエーションは、高尚なものでもなんでもなく、小学校の林間学校のようなレベル。
たとえば、6人掛けのテーブルが用意されていて、それぞれのテーブルに質問が用意されていている。10分の制限時間の間に、テーブルに着いた各々がそのテーマについて話す。話し終わったらくじを引く。そして、くじの番号に従って、次のテーブルに移る、みたいな。大の大人がこんなことやるんだ、みたいな単純なゲームである。気恥ずかしさはあるものの、日本語の場合には、なんら苦にならないはずなのである。それが、私には苦痛で苦痛でたまらなかったのだ。
一生懸命に、頭の中で考える。この単語だったら聞き取ってもらえるかなって。それでも、文法的に間違っていない、単語も間違っていない、そういう構文で話したつもりでも、私の日本人的な発音だと、全く聞き取ってもらえない。
優しい人たちはやや困惑した表情を私に向け、厳しい人たちは”Sorry?”と聞き返す。その度に、私は心が折れそうになるのである。
2. “How many nationalities have you slept with?”
自己紹介テーブルに並ぶ質問と言えば、たとえば、”Which book do you like the best?”(どんな本が好き?) “What is your most embarrassed moment?”(最も恥ずかしかった瞬間はなに?)みたいな、まあ、小学生か中学生みたいな話題ばかり。それでも、私は、必死に分かっている単語の中で、もっともシンプルな単語を選んで、文法の知識をこねくり回して、頭の中で答えを考える。
クラスメイトの中には、日本でいうところの「不良」ではないけど、ちょっとふさげたい人たちもいる。デンマーク出身の、金髪、ハンサム系のイケてる感じのクラスメイト・ヨハンが、にやにやしながら、私のいるテーブルに近づいてきて、「こんな質問、つまらないから、質問変えようぜ」と、みんなに話しかけた。そして彼は、冒頭の質問、つまり”How many nationalities have you ever slept with?”という質問を、女生徒に向けてきたのである。
頭の中が真っ白になる。こういう質問は、学生時代ならあり得たかもしれない。しかし、日本で、かつ、弁護士として働いていると、もはやお目にかからなくなるような質問である。アドリブで面白い答えなんてできない、だけど、答えないことは空気を読まないことになるのではないだろうか。
凍り付く空気の中で、私の横に座っていたカナダ人のきれいな女の子・リッキーは、毅然とこういった。
「じゃあ、あなたはどうなの?何か国を経験したの?」
「5か国」とタジタジしながら答えるヨハンにリッキーは、こう言い放つ。
「じゃあ、1引いて、4か国くらいかしらね?男って見栄っ張りだから」
そこから、いっきに空気が和み、みんながそれぞれの国のデート文化の違いなどを和気あいあいと話していく。その空気の中で、私は、ただ唖然としていた。
こういうくだらない質問をして場を盛り上げるヨハンのようなことは、私にはできない。失礼な質問を毅然と拒否するリッキーのようなことも、私にはできない。それどころか、この質問を機会に盛り上がってみんなと仲良くなることすらできない。なにせ、私は英語が話せないのだから。
カチンと石像のように固まる私は、自分に対する情けなさでいっぱいだった。私は、ハーバードに入学するまでの苦難の日々を思い出していた。
最初の関門、留学準備
1. まずは、留学準備、何が必要かを確かめよう
先日は、ハーバードで経験した、自己紹介の先例の話をした。
でも留学のお話というのは、なにも留学した後に始まることではない。そう、まずは留学準備から。遡って話していこう。
留学したいと思う人には、ロースクールに行きたい人も、ビジネス・スクールに行きたい人もいるだろう。その他の学部もいらっしゃるかもしれない。この連載を読まれる方の中には、実際に留学を考えられている方、お子さんの留学を考えられている方もいらっしゃると思うので、詳しく書いていこう。
アメリカの大学院にアプリケーションを出す場合に必要となるものは
・大学の成績
・パーソナル・ステートメント
・リコメンデーション・レター
・TOEFL
[大学の成績]
GPAと呼ばれるもの。私の場合には、東京大学の教養と法学部の成績。さらに、弁護士になるために通った司法修習所の成績を提出した。留学したい人、子どもを留学させたい人がいれば、とにかく学校の成績は重要!
[パーソナル・ステートメント]
自分が今まで何をしていたのか、どうしてこの大学院に行きたいのか、卒業した後に何をするのか、自分は何者であるかをひとつのストーリーとして描いたもの。まあ、作文みたいなものですか。
[リコメンデーション・レター]
大学の時の先生、職場の上司などからもらう、推薦状。
[TOEFL]
授業についていくのに必要な英語能力をはかる試験。通常のTOEICがリーディング、リスニングのみからなるのに対して、TOEFLの場合にはスピーキングとライティングも要求される。特に、スピーキングが科目に追加されて以降、日本人による高得点は難しくなっている。
ビジネス・スクールの場合には、加えてGMATというテストを受ける必要がある。それに比べて、ロースクールの場合には、TOEICの点数さえ取れれば、あとはパーソナル・ステイトメントという名の短い作文を提出して終わり。なーんだ、こんなに簡単なのと思ったのが間違いの始まりだった。
2. さて、TOEFL
日本人の場合には、まず、このTOEFLが課題。このテストはリーディング、リスニング、スピーキング、ライティング各30点満点、合計120点で英語の実力を採点する。各学校によって必要な点数は異なるが、トップティアのロースクールの場合には、願わくば105点、少なくとも100点以上を取る必要がある。ハーバードの場合には、さらにリーディング、リスニング、スピーキング、ライティングで各々25点以上が要求される。
アメリカのロースクールの場合には、出願時期は12月~2月くらい。しかし、英語に難がある私たち日本人の場合には、アプリケーションの1年前からTOEFLを受けはじめなくてはならない。
ということで、私がTOEFLを受けはじめたのは、およそ出願の1年前の3月のとある日曜日。
3. はじめてのTOEFL
はじめてTOEFLを受けるために、私は茅場町に向かった。TOEFLは毎週土曜または日曜に、何か所もの開催されている。留学前の8月から9月くらいになると、TOEFLもやたらと混んできて、席が取りにくくなるので要注意。下手すると、東京都内でTOEFLを受けることができずに、立川まで赴くなんてことになりかねない。
はじめてのTOEFL会場で、私は度肝を抜かれた。各々が1台のパソコンを前にして、それぞれのペースで回答していく。(だから、よーいドンで、はい、スタートということはないのです)遅れて到着した私が部屋に入るころには、もう何人もの学生が、テストを受けはじめていた。
そして、私の隣の学生風の男性が、突然、
“I live in Tokyo. I live in Tokyo. I live in Tokyo. I live in Tokyo.”
と連呼しはじめたのである。
なにこれ?この人、だいじょうぶ?ここは狂気の世界?と、心底、唖然としてしまったけれど、すぐにその理由が分かることになる。
TOEFLにスピーキングのテストが含まれることは、前にも触れたけれど、スピーキングのためには、マイクがきちんと機能しているかというテストが重要。そのために、“Which city are you living in?”という質問に、答える必要があるのである。”I live in Tokyo”の連呼は、単なるマイクテストでした。ふー。びっくりびっくり。
4. 屈辱のスピーキング
はじめてのTOEFLで、何よりも屈辱的だったのはスピーキングの問題。質問が出題されて、15秒の間に回答を考えて、45秒かけて自分の回答を延々とマイクに吹き込むという内容。誰を相手にするでもなく、独り言のようにマイクにぶつぶつとつぶやくのは、とても気恥ずかしかった。
さらに、質問自体もなんかちょっと妙。「結婚相手に求めるものとは何か?」「最後の一日を過ごすとしたら、どんな過ごし方をしたいか?」「人生で最高の一日とは?」
なんだこれ、母語である日本語でだって答えにくいと思えるような、微妙な質問が続く。
最初のTOEFLの結果は案の定だった。
リーディング24点、リスニング23点、ライティング22点、そしてスピーキングは13点。合計82点。
スピーキングの点数が、やはり、断然、低い。それに、合計点も全く足りない。
トップティアのロースクールに必要な100点には、全く届かない。
ここから私の苦悩がはじまる。