「マーケット人生はまさに波乱万丈」~江守 哲の「マーケット人生物語」(第4回)



なぜ私がトランプ氏勝利を予測できたのか

みなさん、こんにちは。

4年に一度のビッグイベントである「米大統領選挙」が行われ、共和党候補のドナルド・トランプ氏が勝利しました。

まさに歴史的な勝利と言ってもよいでしょう。

今回の選挙については、各所で様々な解説が行われていますので、私の方から改めて解説する必要はないと思います。

いずれにしても、異例づくめの選挙だったことだけは確かであり、その結果もまた驚きでした。

しかし、私はトランプ氏の勝利の可能性について、メルマガやメディア、セミナーなどで言及していました。

そのようなことを指摘していたことを、ご存知の方も少なくないでしょう。

どうしてそのように考えたのか?

実は、その最大の理由は、大多数が一致する意見は往々にして間違える可能性があるということです。

そして、その法則めいたものを利用しただけでした。

マスコミも専門家も市場関係者も、ほとんどが民主党候補のヒラリー・クリントン氏の勝利を確信していました。

事実、世論調査では、そのような結果が出ていました。日が経つにつれて、クリントン氏とトランプ氏の支持率の差は徐々に縮まっていきましたが、それでもクリントン氏の優勢は揺らぎませんでした。

一方、米連邦捜査局(FBI)がメール問題に関して、再調査すると発表したときには、さすがに市場も混乱しました。

しかし、その後、FBIが訴追を取りやめたといった報道がなされたときには、「これでクリントン氏の勝利は間違いない」と考えた向きが大多数になったといえます。

このように、一つの材料に振り回され、それに一喜一憂して考えや見方がころころ変わることは、その判断に本質的なものがない、つまり、行き当たりばったりということになります。

そのような大多数の人々が、表層的なものの考え方で、クリントン氏の勝利を予想していたとすれば、それはあまりに考えが甘かったといえます。

これは米国のメディアにも言えます。報道がかなり偏っていたことは否めません。クリントン氏優位に傾きすぎていたと感じていた方も少なくないでしょう。私がかなりそのように感じていました。

だからこそ、国民が自らの意思を示したとも言えそうです。

また、クリントン陣営自身も判断を誤ったといえます。

彼らは何を読めなかったのか。それは、「隠れトランプ氏支持の存在」でしょう。

選挙戦当時の状況において、トランプ氏支持を公言することは、周囲の目が気になったのではないでしょうか。

私は米国にいるわけではないので、確固たる証拠があって言っているわけではありませんでしたが、私自身はそのように感じていました。

つまり、投票の時には、本心を隠す必要がないので、トランプ氏の支持者が明確な数値となって表れると考えていました。それも、クリントン氏を上回る勢いになるのではないかと考えたわけです。

後付けのように聞こえますが、あれだけクリントン氏優位が伝えられると、それを快く思わない人たちがこぞって投票所に行き、トランプ氏に投票した可能性もあります。

また、実際に民主党政権に対する失望や期待感の低下もあったのでしょう。

8年も同じ党の政権が続けば、政策面などの評価も決まってしまい、期待感がなくなってしまうのは致し方がかなったといえます。

クリントン氏が現在の民主党の政策と違う政策を打ち出せばよかったのですが、それもありませんでした。

このように、クリントン陣営はこれらの有権者を取り込むことができなかったことになります。

一方、トランプ氏は非常に過激な発言を繰り返し、米国民を煽りました。

そして、結果的に選挙戦に勝ったのは、政治の素人であるトランプ氏でした。米国民は「政治屋」は必要ないと判断したのかもしれません。

トランプ氏の政治家としての能力は未知数です。しかし、彼には様々な経験があります。

彼については賛否両論ありますが、まずは期待先行で推移することになりそうです。

その後、真の実力というか、業務執行能力が徐々に問われる中で、その評価が決まっていくのでしょう。

実は、今回の投票の結果を、人工知能(AI)は予見していたとのデータがあるそうです。トランプ氏とクリントン氏に関する検索件数から予測を導き出したようですが、結果が当たっていたことはある意味衝撃です。

マスコミなどの出口調査などはあまり信用できない、ということになってしまいます。

一方、投票結果についてですが、得票数からみれば、クリントン氏が多かったとの報道があります。これはゴア氏がブッシュ氏に負けたパターンと同じになる可能性があります。

このようなことが起きないようにするには、選挙制度を変えるしかないのですが、それもかなり難しいでしょう。今回のようなねじれは今後も起きそうです。

さて、驚きなのは、選挙結果だけではありません。その後の株価やドルなどの動向も同様です。選挙当日の市場は急落しましたが、その翌日から大幅高を続け、ダウ平均株価はなんと過去最高値を更新してしまいました。

トランプ氏の政策への期待が高まったとの報道が聞かれますが、実態は違うでしょう。

これまで米国株にネガティブだった著名ヘッジファンドは、これを機にショートしていた米国株を買い戻してさらに買い持ちとし、買い持ちにしていた金をすべて売るなどといった、きわめて大胆な方向転換をした向きもあります。

このように、これまでのポジションを大きく転換させれば、市場に大きな影響が出ます。その結果、価格は大きく変動することになります。

そして、ポジションを構築した後に、マスコミを通じて方針転換を喧伝します。そして、市場が自らのポジションに有利になるように仕向けます。まさに、ヘッジファンドの王道です。

彼らが手仕舞い売りを出すまでは、市場は堅調に推移しそうです。しかし、クリスマスを前に、彼らが十分な利益を手にして手仕舞いを出せば、急落する可能性もあります。

トランプ氏の正式な大統領就任は1月20日です。その前後からが真の評価になるでしょう。

その時点で米国株が失速あるいは上昇していない状況になれば、意外に早く失望感が漂うかもしれません。

トランプ氏は70歳と高齢です。2期8年の任期を務めると考えている国民は、今のところ少ないのではないでしょうか。

そうであれば、なおさら早い段階で明確かつ適切と思われる政策を出さないと、残念な4年間になる可能性があります。

一部には、トランプ氏の大統領への立候補は、大統領になることだけが目的であり、その後のことに関心がないとの指摘もあります。

確かに、これまでの彼のキャリアの中で、世界一の大国である米国の大統領になることは、世界で一番になることであり、これ以上の名誉やキャリアはないということになります。

それが達成されれば、意外にそれに満足し、あとは取り巻きのブレーンが上手く対処するのかもしれません。

むしろ、そのほうが歴史に残る大統領になる可能性が高まるようにも思います。

いずれにしても、歴史的にすごいことが起きたことだけは確かです。今後の米国の動きをじっくりとみていきたいと思います。

さて、新刊「1ドル65円、日経平均9000円時代の到来」(ビジネス社)が重版になりました!

ありがとうございます。

トランプ氏が次期米大統領に選出され、市場は逆方向に行っていますが、今後どうなるでしょうか。

お読みになっていない方は、この機会にぜひ一読ください。



マーケット人生物語~私の人生を変えたアノ事件・第4回

上司の転勤で責任が重くなった中、大きなポジションを抱えて取引する日々が続きました。一見、華やかに見えるマーケットでの仕事ですが、実際にはかなり過酷なものでした。

特に初めのころは、精神面の負担が非常に大きかったことを覚えています。

人間というのは、やはり昼に活動して、夜はしっかり寝ることが大事です。当たり前のことですが、これがマーケットの仕事をしていると、そうはいかなくなります。

特に、非鉄金属の市場はロンドンが本場です。東京の夕方からマーケットが開き、翌朝3時ごろまで活発に取引されます。夜中も気が抜けないことが多くなり、体への負担は大きくなっていきます。

身体への負担は当たり前なのですが、むしろ精神的な負担の方が大きかったのです。

ポジションを持っているので、精神的な負担は必然的に大きくなります。

あるとき、心臓がバクバクし始め、明らかにおかしくなったことがありました。

「このままではマズイ」。真剣にそう思いました。

とても耐えられず、業務時間中に会社の診療所に行き、診察してもらいました。業務の心理的負担が影響していると診断されました。それだけ厳しい仕事だったといえるかもしれません。

もっとも、仕事がうまくいっていれば、そうではなかったのかもしれませんが(笑)。

ただし、不思議なもので、診断をしてもらうと、意外にすっきりとして、その後は楽になりました。

チームのブック(ポジション)があまりに大きいので、とにかく気を使いました。一部は自己判断で取引してもよい枠がありましたが、それを利用すると、ことごとく外れ、損失を積み重ねることが少なくありませんでした。

いまもそうですが、非鉄金属の取引は非常に難しいと思います。それは、ロンドン市場で取引される取引形態が大きく影響しているように思います。

非鉄市場では、ロンドン金属取引所(London Metal Exchange=LME)で取引される価格がベンチマークになっています。

この取引所は、いまは香港取引所に買収され、中国資本になっているのですが、取引の伝統的手段である「オープンアウトクライ」(取引所の場で取引する方法、いわゆるセリの方式)を維持しています。このような取引所は、世界的にもわずかになっています。

LMEでの取引方法を解説しようとすれば、数日かかるほどです。それだけ、理解するのは簡単ではありません。

私の著書に「LME入門(総合法令出版)」があります。ロンドン金属取引所(LME)の歴史や取引方法などが開設されています。それまで日本では、LMEでの取引に関する解説書がありませんでした。

そこで、ロンドンの本場で仕事をした経験を生かして出版することにしたのです。1999年のことでした。

この本は非鉄業界内でバイブルとして使われ始めました。いまだにそれが続いていると聞いています。

初めてお会いする方からは、「あのLME入門の執筆者の江守さんですね」といわれることがいまだにあります。

嬉しいことではありますが、早く改訂版を出してほしいとの依頼が多くあります。しかし、なかなか時間がないので、難しいですね(笑)。

さて、そのLMEでの取引の最大の特徴は、先物取引ではなく、「先渡取引」であるという点です。

簡単にいうと、毎日受け渡しが可能というものです。これは現物市場を前提としており、先物取引のように限月制ではない点が大きく違います。

ですので、現時点での今日と明日の受け渡しの価格に違いが出ることになります。その違いは、ポジション需給などによって決まります。

また、当時は電話取引とリング取引が共存する、非常に多様な取引形態でした。リングとは、取引所の主要メンバーであるリングメンバーが取引することができる場所で、まさにリングのような形になっている場所です。

円形に設置された椅子にリングメンバーから一名が出て座り、それぞれのメタルごとに取引を行います。

そのリングメンバーになるには様々な要件があります。現在では、私が行っていたころから多少変わっていると思います。

またLMEのメンバー会社には、複数のカテゴリーがあり、それぞれのカテゴリーで権限や要件が異なっています。

一方、私が所属していた住友商事などは取引所の直接のメンバーではなく、これらのメンバーの顧客として取引をしていました。

これらの例をとってみても、取引方法や仕組みが非常に複雑であることがわかります。そのような市場で、アジアに居ながら海外の情報を取りつつ収益を上げることは、実は簡単ではありませんでした。

やはり、マーケットの内部の実態がわからないという点で不利な面がありました。

当時はブローカーとの電話取引でしたので、取引の状況をよく教えてもらいました。いまは電子取引が主流であり、このようなことはほとんどできないのですが、当時はどの会社がどのような取引をしているかと、普通に教えてくれるような状況でした。

もちろん、それがわかればマーケットの方向性がわかるというわけではありませんが、情報をたくさん持っているブローカーはやはり力がありました。

このような感じでトレードを続けていましたが、なかなか良い結果が出ませんでした。

そんな中で、ロンドンに出張する機会に恵まれました。私が「聖地」と位置付けている場所です。出張が決まると、落ち着かない日々が続きました。

そんな中で、私はとても残念なことをしてしまいました。

つづく。