BDアニメ New Frontier 第9回『いばらの王 -King of Thorn-』

※2011年2月発売号の原稿です。

【惹句】古城からの脱出劇に仕掛けられた謎とは? 反復視聴を前提とした物語、類をみない驚きが!

 多くのアニメは観客がキャラクターに感情移入し、物語を楽しむように作られている。2010年に劇場用アニメとして公開された『いばらの王 -King of Thorn-』(片山一良監督)も、ハリウッド大作のような娯楽志向のサービス満点なアニメ映画として幕を開ける。

 人類を絶滅させる奇病「メドゥーサ」の対策として古城に集められ、閉じこめられた人びとが、怪物の脅威を避けながら脱出するアクションが序盤のみどころだ。陰鬱な色彩と照明がサスペンスの雰囲気を盛りあげ、牙をむくモンスターが大群で襲撃してくる展開などCGを多用した精緻な映像は、恐怖心をかき立てる。ハラハラドキドキ系の映画として実によくできている。

 ところが、この「やられるか逃げられるか」と単純そうに見える脱出劇の裏には、何重にも隠された「トリック」が存在する。その仕掛けがあらわになり始めてからが、この作品の恐ろしさの本番である。片山一良監督は公開前、「どの場面にも必ずいくつか異なる意味がくみ取れるよう作りこんでいる」という趣旨のことを語っていた。一例を挙げれば、事件の始まりを告げる冒頭のニューヨークでは第1カットから自由の女神の「いばらの王冠」が写っているし、いばらのトゲに通じる鋭角的なアイテムに充ちている。

 この手の深層心理に響くメタファーのみならず、劇中明らかでない人間関係がアイコンタクトで示されていたりして、一筋縄ではいかない深い演出が魅力の作品なのだ。登場人物の真意や過去、場合によっては出自まで、表層とは違う「意味」のディテールが至るところ「気づくかな?」と挑戦状のように散りばめられている。それを発見するのが、真の「お楽しみ」なのだ。

 もちろん1度観ただけでもラストでじんと来るような切なさを覚えるはずだが、違和感を覚えた細部には何か違う意味があるはず……そんな疑いを念頭においた上で2度目3度目と鑑賞を重ねると、背筋の凍る発見の驚きがわきあがってくる。ことに花澤香菜演じるメガネ少女の主人公と「いばらの王」という題名の関連は考えれば考えるほどいろんな意味がくみ取れて、実に奥が深い。何度か視聴する楽しみがあるという点でも、手元に置いておくべき映像ソフト向きと言えるだろう。

 アニメ制作はサンライズで『スチームボーイ』を手がけたチームなので、心を潰される映像の密度感はまさにBlu-ray向きだ。多重・多層な意味や心理を錯綜させられるのもアニメ表現の大きなメリットという点で必見の作品だ。

【2011年1月30日脱稿】初出:「月刊HiVi(ハイヴィ)」(ステレオサウンド刊)