「91歳のすし職人」料理展望3(山本益博)



1、にぎりで勝負のすし屋

10月27日、「すきやばし次郎」の小野二郎さんが誕生日を迎えられた。大正14年(1925年)生まれであるから、今年で91歳、いまでも、毎日欠かさずつけ場にたってすしをにぎっている。7歳の時に奉公に出て働きはじめたから、職歴80年になるのだという、まことにめでたい。いや、凄い。

わたしは、35年ほどまえから小野二郎の仕事ぶりをつぶさに見てきた客のひとりだが、お世辞ぬきでいまが最も見事なすしをにぎっているといってよいのではなかろうか。まず以前と大きく違う点は、客の嗜好の移り変わりというのがある。いまから15年ほど前は、昼も夜も店は常連客が占め、遠来のフリの客は少なかった。昼から酒が出て、誰もが刺身をつまみとして取り、仕上げににぎりをつまむといった具合で、「次郎」さんの両手が手持ち無沙汰であることもしばしばだった。

それが、いまはほとんどの客が注文するのがにぎりのおまかせで、夜でも酒、つまみを取らずににぎりのみを楽しんでいる。「これが本来のすし屋」と「次郎」さんは胸を張るが、こんなすし屋は日本中広しといえども「すきやばし次郎」一軒ではなかろうか。

さらに、つけ場の職人の充実があげられよう。飛車角のごとく、「次郎」さんのもとに長男禎一さんと次男隆士さんの二人が揃っていた15年ほど前までは、調理場にも若い職人が溢れていて、それぞれが自発的に有機的に仕事が出来ていたとはいいがたかった。それが、15年ほど前に隆士さんが独立して、六本木ヒルズに店を構えると、本店は突然職人が少なくなり、そこへ持ってきてにぎりを食べる客が急激に増えてきたものだから、仕事が俄然忙しくなった。たとえば、かんぴょうを煮るのも以前には考えられぬほどの量を仕込むようになったという。こうなると、若い職人たちは仕事を覚えるのが早い。

2、おまかせコース誕生

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