「コートドールの斉須政雄」料理展望6(山本益博)

1、最初の出逢い

あれは1982年秋のことだから、もう35年も前のことになる。月刊「専門料理」のコラムに、パリの新星レストランの記事が載った。その年の3月に「ミシュラン」にいきなり登場して1つ星に輝いた「ランブロワジー」の紹介記事だった。

パリ16区の3つ星「ヴィヴァロワ」出身の料理人が開いた店で、調理場には日本人の料理人が働いていると、確か書いてあった。私が出かけていったのは、翌83年3月。予約を入れた2月の時点では1つ星だったが、3月の初めに出た「ミシュラン」の83年版で2つ星に昇格したばかりだった。昼の12時過ぎにひとりで店を訪れると、私が最初の客で、窓際の席に案内された。

店はパリ左岸トゥールネル河岸にあって、セーヌ川をはさんで向かいはノートルダム寺院だった。昼の窓側席は一応一等席だが、店は鰻の寝床のように細長く、内装は地味なグレーで統一され、席数はわずか26席、椅子はパイプ椅子といった具合で、とても「ミシュラン」2つ星にふさわしいレストランとは思えなかった。

席に案内してくれた女性がシェフのマダムのようで、挨拶も早々「日本人の料理人がいるので、彼を呼んできます」と言って、突き当りの調理場へ姿を消した。と同時に若い日本人が現れ、「こんにちは、斉須と申します」と自己紹介した。これが、斉須政雄さんとの初めての出逢い。調理場はシェフと自分の二人だけで料理を作っているとのことだった。

そうして、彼のお勧めに従い、前菜に赤ピーマンのムース、主菜にオックステールの赤ワイン煮、デザートはコーヒーのムースをとった。

どの皿も簡潔な盛り付けで味も同様、まさしく素材の力を信じた料理、私はこういうシンプルなフランス料理を待っていたと、心のなかでつぶやいていた。

2、「赤ピーマンのムース」

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