「さんまは築地に限る」料理展望2(山本益博)

築地から豊洲への移転が延期になったところで、10月1日から映画「TSUKIJI WONDERLAND」が公開になった。築地で働く仲卸の男たちを中心に、なくなる前の「築地」を記録したドキュメンタリーである。

この映画に私も出演していて、次のようにインタビューに答えた。「築地は世界最高の魚市場ではなく、世界で唯一の魚市場です。なぜかというと、まぐろやあわびや海老を単品で何十年にもわたって扱っている魚介のプロフェッショナルが何百人も働いている場所で、こんなフィッシュマーケットは世界中見渡してもありません」

日本では質の高い魚を獲る漁師がいて、その鮮度を落とすことなく運ぶトラックなどの運送業者がいて、築地にはそれを受け取り、魚介の食べごろを見計らう仲卸がいる。つまり、すし屋、料理屋、レストランの調理場に魚介が最も食べごろになって届くシステムが出来上がっているのだ。生の魚に最高の価値を見る日本の食文化があるからこそ生まれたプロフェッショナルの集団と言える。

映画の中で「目利き」という言葉がしばしば出てくる。これは単に魚の良し悪しを見分けるということではなく、店にやってくるすし屋の職人、料理屋の料理人、レストランのシェフたちのそれぞれの好みや要望を知ってのうえでの魚の選別ができることを「目利き」と言うのだそうだ。その彼らが毎日扱っている魚を通して、その魚の最終到着地点、つまり、お客さんを常に念頭に置いて働いていることが素晴らしい。仲卸のひとりが言う。「魚を見ながら、妄想ばかりしていますよ。これが、お客さんの口に入る時、どんな味になっているのか。そればっかり考えながら仕事していますよ」

私が築地に初めて出かけたのは、今から40年以上前、浅草の老舗の鮨屋の親方に連れていっていただいた。映画にもしばしば登場する築地の守り神である波除神社の前で、まだ暗いうちに待ち合わせ、親方の後をついていった。速足で歩く親方を見失うと二度と見つからないと思えるほどに、間口一間ほどの小さな仲卸の店が密集していて、親方は左右に顔を振りながら、目指す店に向かっていった。

あとで聞けば、歩いているうちに今日の魚の様子、特にどんな魚が出てきたかで旬を感じることができて、ワクワクするのだという。

まぐろを扱う専門店で、お気に入りのまぐろを見つけると、親方は相好を崩してこう言った。「このまぐろが握れると思うと、もう嬉しくって、値段なんか関係なく買っちゃう」。

その後、今から20年ほど前には、「すきやばし次郎」の小野二郎さんに築地へ連れていっていただいたこともある。

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