女王様のご生還 VOL.223 中村うさぎ

漫画アプリで面白そうな漫画を漁っていたら、「エホバの証人」の元信者が描いている作品を見つけた。

エホバ信者の親に幼い頃からエホバ的世界観を刷り込まれ、ずっと信じていたのだが、自分の子供が重篤な病気で輸血を必要とした際に疑問を抱き(←「エホバの証人」の戒律では輸血が禁じられている)、悩んだ末についに脱会した顛末を綴っているようだ。

私は漫画を購入して読む前に読者の感想コメントを必ずチェックするのだが、そこに寄せられたコメントがどれもこれも判で押したように「洗脳怖い!」的なコメントで思わず笑ってしまった。



こういう宗教の話を聞いて「洗脳って怖い~」などと書き込む人たちは、自分がまるっきり洗脳されてないとでも思っているのだろうか?

そもそも、すべての教育は「洗脳」ではないか。

生まれたての赤ん坊は、倫理観はもとより、どのような世界観も価値観も持っていない。

あるのは「快/不快」の感覚だけである。

その真っ白なキャンバスのような赤ん坊にこの世のルールや世界の在り方を教え込むのが「教育」だ。

その価値観・世界観は時代や地域によって様々で、たとえば戦時中の日本に生まれた子供はもれなく「天皇陛下は神である」という思想を刷り込まれたものだし、現代人はその世界観を嗤うだろうが当時はそれが正しいとされたのだ。

ならば現在、我々が子供たちに施している教育もまた間違っているのかもしれず、にもかかわらず一片の疑問もなく「自分は正しい」と考えている人々は「エホバの証人」の信者たち同様、洗脳の産物に過ぎないのである。



したがって、自分は洗脳なんかされてないと愚直に信じて「洗脳って怖い~」などとコメントしている人々は呆れるばかりの脳天気さだと言わざるを得ない。

ねぇ、なんでみんな、自分が受けた教育は正しいなんて思えるの?

確かに「エホバの証人」の世界観は特殊だし違和感ハンパないけど、それを言ったら我々の世界観だって怪しいものだ。

むしろここは「人はどのような世界観にも染まり得る生き物である」事に震撼し、己の世界観を顧みるとこじゃないのか?



私が子供の頃(1958年生まれ)、「女の子はこうあるべき」「男の子はこうしなさい」という教えを受けて育った。

大人になって、そんなジェンダー観はまったくのフィクションだと気づき、それ以後は好きなように生きる事にした。

だが、未だに「男のくせに」とか「女なんだから」といった言い方をする人はたくさんいて、その人たちは本気でそれを信じている。

何を信じようと自由なのでそのようなジェンダー観をいちいち否定する気はないものの、私に言わせりゃそれだって立派な洗脳である。

ちなみに父は私の夫が嫌いなのだが、その理由は「おまえの稼いだ金で暮らしているから」だという。

「そんな事言ったら、お母さんだってお父さんの稼いだ金で暮らしてたじゃん」と反論すると「お母さんは女だからいいんだよ」との事であった。

「女が男に養われるのはいいけど、男が女に養われるのはけしからん」というわけだ。

そんなの、誰が決めたのよ(笑)。

でも未だに女に養われる男を「ヒモ」と軽蔑する風潮は健在で、その人たちはそう教えられて育ったから特に根拠もなくそれを常識と考えている。

これが「洗脳」じゃなくて何なんだ?

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