女王様のご生還 VOL.255 中村うさぎ

コロナに罹患して二週間以上も寝込んでしまった。

最初は頭痛と発熱、それから咳と喉の痛みと鼻炎。

加えて酷い下痢だ。

だるくて食欲もなく、食べたり飲んだりするとすぐに下痢で出てしまうので激しく体力を消耗し、二週間ずっと眠ってばかりだった。

24時間ぶっとおしで寝ていた日もある。

人間がこんなに眠れるものだとは知らなかった。

まるで冬眠みたいだ。

夏だけど。



そんな寝たきりの日々を送っているところに、大阪から電話が掛かってきた。

認知症の母を預けている施設からだ。

母がすっかり衰弱してしまい、食事を摂れなくなったという。

「残念ですが、もう長くないと思われるんです。まだ僅かながら意識のあるうちに顔を見にいらしたらいかがかと思い、ご連絡しました」

「なるほど。ありがとうございます。でも私、コロナに罹ってまして……」

「えっ!」

「外出できる状態じゃありませんし、無理に伺ったとしても逆にそちらにご迷惑をおかけするような……」

「ええ、そうですね! コロナ陽性の方は申し訳ありませんが建物内にお入れするわけにはいきません」

「ですよねぇ。治ってからなら伺えるんですが」

「いやいや! 無理はなさらず!」



明らかに「治っても当分来てくれるな」という雰囲気だった。

無理もない。

それでなくても弱っている老人を何人も抱えているのだから、コロナウィルスなんか持ち込まれたらたちまち死者続出だ。

電話を切った後、「こりゃ、もしかしたら母の死に目には会えないかもな」と思ったが、別段悲しいとも感じてない自分にちょっと呆れた。

相変わらず冷血な娘である。

普通の人は、何が何でも駆け付けたいと思うものなのだろうか?



そういえば子供の頃に母親が「夜に爪を切ると親の死に目に会えないのよ」と言っていたのを思い出した。

小学生くらいの頃だったと思う。

その時も、「だから何?」と思ったのをありありと覚えている。

「夜に爪を切ると親が死ぬ」とかなら脅しとして理解できるが、「親の死に目に会えない」ってそんなに憂うべき事態なのか?

だって、どうせ死ぬんでしょ?

死に際に会えたからって、どうなるわけでもないじゃん。



ドラマなどを観てると、親が危篤と聞いて飛んで帰るシーンをよく目にする。

だから、たぶん私以外のほとんどの人は、「親の死に目」とやらに会いたいのだろう。

その気持ちが私にはまったくわからない。

まぁ、母は認知症だから会っても私が誰かわからないだろうというのも理由のひとつだが、もし認知症じゃなかったとしても死に際の母に会いたいとは特に思わない。

皆さんは何のために会いたがるんですか?

「ありがとう」とか言いたいの?

それで何か気が済むの?



ああ、もしかすると親孝行のつもりなのか?

「親はきっと死に際に自分に会いたいだろう」と思うから、その願いを叶えるために急いで会いに行くのか?

でも、死にゆく人って、誰かに会いたがるものかなぁ?

もし私が今夜ベッドの中で「ああ、もうすぐ死ぬな」と自覚したとして、夫に来て欲しいかといえば、べつにそんなことはない。

そのまま死んで翌日遺体で発見されてもべつに構わないのだ。

最後に「ありがとう」などと言わなくたって、私が感謝してる事は夫も承知だろうし、これから死ぬって時に泣きながら「死なないで」なんて言われても困る。

だって死ぬ時は死ぬでしょ。

それはどうしようもないじゃん。

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