女王様のご生還 VOL.131 中村うさぎ

これまでに何度も書いたり言ったりしているのでメルマガ読者の方はご存知かと思うが、私は基本的にファンの皆さんのご期待に応える気がない。

と、このように言うと「ファンへの感謝の気持ちがない」とか「ファンをバカにしている」などと非難されるのだが、言うまでもなく私の生活を支えてくれているのは熱心な読者さんのおかげなので、その件に関しては心からありがたいと思っているのである。

ただ、「感謝すること」と「期待に応える」ことはまったくの別物だと思っている。



私が時々言われるのは、「以前はファンだったけど、最近のあなたには失望しました」というセリフだ。

買い物依存症からホスト狂いに移行した時も言われたし、デリヘルをやった時にも言われた。

また、フェミニストを自称するとある女性からは「『私という病』を読んだ時には感銘を受けたしファンでしたが、今のあなたには裏切られた思いです」と言われた。

それに対する私の感想は「あ、そうなんだ。でも、これも私だからあなたの期待には沿えないわ」である。



私の著書を読み共感してくれるのはありがたいが、共感部分があるからといって、私はあなたではない。

あなたと私の考え方には共通する部分もあるだろうが、まったく同じはずがないではないか。

なのに著書を一冊読んだだけで勝手に「中村うさぎはこういう人」と決めつけ、自分の中の「中村うさぎ」像に反する言動を私がすると「裏切られた」などと言い出すのはお門違いもいいところである。

私がいつ「あなたと私は同じ思想を共有する仲間ですよ」などと言っただろうか?

そんな約束してないのに、「裏切られた」とか言われてもなぁ(苦笑)。



もちろん私にも、似たような経験は山ほどある。

特定の作家の作品に大いに共感したものの、その人の著書を何冊か読んでみるうちに「あら、この人のこういうところには賛同できないわね」と感じる……そんなことはよくある現象だ。

だが、だからといって私は、その著者に「裏切られました」などとは言わない。

勝手に「この人と私は同じだー」などという幻想を抱いたのは私であり、その著者には何の責任もないからだ。

そんなの当たり前じゃん!

で、あまりにも違和感や不快感が募るようなら、その人の作品を読まなくなるだけだ。



だから私に失望した人も、もう私の作品を読まなければいいと思う。

「読む、読まない」は読者の自由だからである。

読まなくなるのもファンをやめるのも自由だが、「あなたにはがっかりした。昔の中村うさぎに戻るべきだ」などと指図する権利はない。

そこのところを誤解している人が少なからずいるようなので、私はわざわざ「読者の期待に応える気はない」と宣言しているのだが、それを聞くとまた「ファンをないがしろにしている」などと言い出すわけで、その人たちは自分にどれだけの権利があると思っているのだろうか?

ファンってそんなに偉いの?

私の生き方や考え方に干渉する権利が認められるほど?

そもそも、そんな権利を持つ人なんて、世界中どこにもいないよ?

この続きを見るには

(1,083文字)

¥250(税込)

購入して続きを読む