女王様のご生還 VOL.167 中村うさぎ

両親が来月の頭に上京してくる。

「お母さんがお前に会いたがって毎日のようにねだるから」と父は言うが、どうせ会っても翌日には忘れてしまうし、なんなら会っても私が誰だかわからないのだから、わざわざ上京してくる意味はないと思うのだが。

父だってそんな事は百も承知なのに、金の無駄遣いだとは思わないのだろうか。



そもそも母がそんなにまで会いたがっているのは、現在の私ではない。

彼女の記憶の中にしか存在しない子供時代の私だ。

それも事実に即した記憶ではなく、おそらくは多分に修正され美化されて書き換えられた半分はフィクションの記憶。

そこにいる私は彼女の理想どおりのかわいくて利発で素直な子供だ。

実際にはべつにかわいくもなかったし慢性の鼻炎でいつも黄色い鼻汁を垂らしているような愚鈍そうな子供だったが、そんな子供などいなかったことになっている。

あと、お腹弱かったからよくウンコも漏らしてたな(笑)。

そんな記憶はきっと消去されてるから、彼女の記憶の中の「典子」は実在しなかった架空の人物だ。

だから会っても彼女は満足しない。

永遠に。



「うさぎ図書館」の方では、脳内に架空の現実を作り上げて生きる男について書いている。

母の脳内は、たぶんその男の脳内世界と同じ構造だ。

「こうあって欲しかった現実」「映画やテレビで憧れた他者の人生」などなどが実際の記憶と混じり上書きされ、本当の現実とすり替わっているのだ。

母に限らず我々も、多かれ少なかれ、無自覚にこのような記憶の書き換えを行い、「私の人生」という物語を創り上げている。

母の場合は、そこに認知症が加わって虚実の区別がますます曖昧になっているので、その記憶が織りなす物語は他の人より遥かにフィクション性が高いのだ。



したがって母は、現実の私などに用はない。

いや、むしろ、彼女にとって私は「見たくない現実」であるはずだ。

今年で62歳になった白髪混じりのボサボサ頭の見知らぬババアだよ(笑)。

こんなのを目の前に連れて来られて「あなたの娘よ」などと言われても受け容れ難かろう。

わかる! わかるよ、母ちゃん!



何故わかるかっていうと、私も今朝、昔の彼氏の夢を見たからだ。

OLだった頃の彼氏で、背が高くてイケメンで優しくて、私にはもったいない彼氏だった。

だけど当時から私は傲慢だったので、そんな彼氏が物足りなくなって、他の男に恋してしまった。

その「他の男」っていうのが最初の夫となる私史上最低の自己中メンヘラ男なのだが、その時はそんな男が刺激的に思えたのだ。

私が一方的に別れを告げて、OL時代の素敵な彼氏とは残酷な終わり方をしてしまった。

その彼が、当時と寸分も変わらない笑顔で老いた私の夢の中に現れたのである。

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