女王様のご生還 VOL.174 中村うさぎ

チャールズ・マンソンと彼の「マンソン・ファミリー」についていろいろ資料を漁っていると、「オウム真理教」との類似点がいくつか見えてきて面白かった。

まぁ、オウム真理教に限らず、ある種の宗教やカルト集団に共通する点なのだろうが、まずは「終末予言」である。

ご存知のようにオウムも「ハルマゲドンが来て世界が終わる」という麻原の予言があり、そのハルマゲドンに備えて滅ぶべき人々(要するに自分たち以外の人々)を浄化するために地下鉄にサリンを撒くというテロが行われた。

マンソン・ファミリーもまた、チャールズ・マンソンの「近いうちにヘルタースケルター(人種間戦争)が起きて黒人が支配する世界になるが、最終的にはマンソンが救世主として平和をもたらす」という予言を信じ、連続殺人事件という凶行に及んだ。



もちろん、この手の「終末予言」はカルトの専売特許ではない。

キリスト教にもパウロの唱えた終末論や「ヨハネの黙示録」に見られる世界の終わりの描写などがあるし、その他の宗教にも存在する。

命が有限であるようにこの世界も有限なのだという考え方自体には納得できるし、したがって「いつか世界が滅びる」という終末論が生まれるのも理解できるのだが、それが「だが、自分たちは生き残る」とか「自分たちは蘇って永遠の命を得る」などといった思想へと繋がる意味がわからない。

世界が滅びるんなら、みんな一緒に滅びればいいじゃん。

自分たちだけ生き残って一から世界を建て直すとか、私なら面倒くさくて真っ平だ。

しかし、この手の予言が人々を惹きつけ、そのためならオウム信者やマンソン・ファミリーのように殺人行為も辞さないという推進力まで付与するのは事実なのである。

多くの人はそんなに生き残りたいと願うものなのだろうか?



と、このように、常々不思議に感じていたのだが、ツイッターなどのSNSでいとも簡単に気に食わない人をブロックして「私の世界」から排除する人々を見ていると、「なるほど、世界が滅亡しても自分とその同類だけは生き残りたいという願望は、要するに『私の世界を邪魔する他人はみんな死ね』って事なのね」と妙に腑に落ちてしまった。

だって「ブロック」って、相手を消す事だからね。あまりにも迷惑行為をされたりした場合はブロックも仕方なかろうと思うが、ただ「嫌い」とか「不愉快」というだけで他者を容赦なく抹殺するのは、「この世界を私色に染めたい」という非常にワガママな願望の表れに他ならない。

人はそもそも「気に食わないヤツはみんな死ね」と心の底で思っているのである。

だから教祖が唱える「俺たち以外はみんな滅ぶ」という終末世界に魅力を感じ、そんな世界をユートピアだと信じてしまうのだ。



SNSが推し進めているのは「私のユートピア作り」であり、究極のナルシシズム世界の完成である。

そこにはあなたに「いいね」してくれる人しか存在しない。

みんなが笑顔であなたに拍手し、あなたの言葉に賛同する世界だ。そりゃ、気持ちいいだろうよ。

特に「この世界に居場所がない」と感じる人たちにとっては理想的な「居場所」だろう。だけど想像しただけで気持ち悪くないか、そんな世界!?

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