BDアニメ New Frontier 第16回『巌窟王』

※2011年9月発売号の原稿です。

【惹句】怒濤のごとく押し寄せる光と色彩。高い美意識でつらぬかれた大人の復讐劇!

 復讐劇は、古来から人の心を激しくゆさぶるもの。その代表格でもあるデュマの小説「モンテ・クリスト伯」を原作にして、宇宙時代のガジェット満載の大河SFとしてアレンジしたTVアニメが、前田真宏監督の『巌窟王』だ。

 これは実にBlu-ray向きのコンテンツと言える。再生すると洪水のような情報量と色彩が押し寄せてきて、美的な圧力に打ちのめされる。まばゆい光とテクスチャに充ちた画面づくりは、貴族社会のゴージャスさと、裏側に潜むドロドロした愛憎を描くためのもの。服や髪の毛に重ねた平面素材と作画の立体感のマッチングはあえて無視し、センスによる見た目勝負を仕掛けている点が逆に潔く、快感に転じてくる。

 前田真宏監督と言えば、『青の6号』や『アニマトリックス』など、デジタル時代の先端を切り拓いてきた映像クリエイターだ。本作では視点を原作から大きく変更し、若者アルベールを主人公として、大人への入り口に立った者の魂の揺らぎを見事に描きぬいてる。月面都市で謎めいた大富豪モンテ・クリスト伯爵に助けられ、心酔してしまったアルベール。だが、伯爵こそは、アルベールの両親たちに復讐心を抱く男であった……。

 復讐する側とされる側。ふたつの視点が絡みあいながら、遠未来のパリやエキゾチックな異星を舞台に進行するドラマは、実にスリリングである。伯爵は最初から含みをもった言葉だけを口にして、復讐の真意に気づくかどうか挑戦しているように感じる局面が多々ある。それは原因となった過去の事件に対し、二世代目が同じ愚行を繰り返すのか否かの「試し」にも見えてくる。あるいは未来に向けての行動をとれるのか、大人になれる資格があるかという問いかけかもしれない。

 復讐と言っても、単に憎い相手をやっつけておしまいでは意味がない。そんな奥の深い認識と人への洞察にもとづくドラマには、まさに「大人の味わい」がある。音響面でも声優陣の演技力はもちろん、効果音の選定や音の残響が非常に丁寧かつドラマチックに演出されている。そして極限にまで高まる緊張感と、そのクライマックスに生まれる甘美な陶酔感は、画と音とが一体となった美意識が醸し出すものだ。

 まるでオペラを観劇しているかのような耽美で幻惑的な臨場感さえ生じさせる『巌窟王』。SDからのHDリマスターではあることが信じられないほど高いポテンシャルを引き出した点で、実にBlu-ray化にふさわしいと断言できるタイトルである。

【2011年8月31日脱稿】初出:「月刊HiVi(ハイヴィ)」(ステレオサウンド刊)