女王様のご生還 VOL.270 中村うさぎ

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日



俵万智氏の有名な短歌である。

「サラダ記念日」が大ヒットした1987年当時、29歳だった私はこの歌があまり好きではなかった。

短歌としてどうこうではなく、何でもかんでもやたら「二人の記念日」にしたがる人たちの習性が好きじゃなかったからだ。

今でも映画などの中で「今日は何の日か覚えてる?二人の初デート記念日よ!」みたいな台詞が出て来ると「ふふん」と鼻で笑ってしまう。

私は自分の結婚記念日すら覚えてない。

結婚は私の人生にとって非常に重要な出来事であるが、日にちを覚えているかどうかはその重要性に何ら影響しないし、毎年その日を祝う必然性も感じないのである。

ましてや、サラダの味を褒められた日なんて!

いや、褒められたことないけどね。



この「サラダ記念日」の歌がヒットしたのは、記念日好きの人々に共感されたというのもあるだろうが、こういう心根を「女性らしくてかわいい」と感じた人が多かったからだろうか。

確かに、この歌は「女性らしくてかわいい」。

だって、そもそも「サラダ」だよ?

これが「すきやき記念日」だったり「梅干し記念日」だったりしたら、あそこまでヒットしたかなぁ?

やっぱ品目がサラダだから、「かわいい」とか「おしゃれ」といったイメージに繋がるんじゃないかと思う。

恋人のために一生懸命に料理する女性、腕によりをかけた自家製ドレッシングを「いいね!」と優しく微笑みながら褒める彼氏と嬉しそうに頬を赤らめる彼女、綺麗な色のランチョンマットとセンスのいい食器、窓から差し込むキラキラした朝の陽射し(←これが朝食シーンならば)が二人を包む……うーん、かわいい!

かわいすぎて、あざといくらいだ!

まるでCMのワンシーンみたいに類型的な幸せに、私は腰が引けてしまう。

でも、みんな、幸せのテンプレが大好きだよね。



それにしても、記念日好きというのは、どういう心理なんだろう?

たぶん、人生の一瞬一瞬に「意味」を与える作業なんだろうな。

前々から言っている事だが、我々がこの世に生まれてきた事には何の意味もない。

生まれながらに何かの使命を与えられている人間なんて、漫画やRPGの中にしか存在しない。

現実には、我々は特に意味もなく生まれて来て、意味もなく死んでいくのである。

だが、人間は「意味」を求めずにはいられない生き物だ。

だから、己の人生に自分で意味を付加していく。

「記念日」とは、そういった「意味付け」のひとつなのであろう。

人生に記念日が増えれば増えるほど、「ああ、自分の人生には意味がある」と思える。

自分の誕生した日が人生最初の記念日で、その後は「彼と出会った日」とか「初デートの日」とか「サラダを褒められた日」とかが足されていって、人生にキラキラしたスタンプがいくつも押されていく。

人によっては「大失恋した日」とか「受験に失敗した日」とか「人生に絶望した日」とか、なんなら「自殺未遂した日」なんてぇ暗黒のスタンプもあるだろうが、それは「記念日」とは呼ばれない。

心の裏側に密かに貯め込まれていく闇スタンプカードだ。

で、まぁ個人差もあるだろうが、この闇スタンプこそがその人の人生の方向性を決定づける重要な「記念日」なのかもしれない、と私は考えるのである。

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