女王様のご生還 VOL.186 中村うさぎ

前にも書いたと思うが、私は道に迷う夢をよく見る。

いや、迷うというのは正確ではないのかもしれない。

頭の中でははっきりと自分の行きたい場所とそこに至るルートがわかっているのだが、どうしても目的地に辿り着けないのだ。

まるで私の人生そのものを象徴しているかのような夢である。

行きたい場所があるのに、なんやかんやと邪魔されて、結局はぐるぐるとさまよっているだけ。

カフカの「城」にも似た状況だ。



数日前にも、似たような夢を見た。

誰かとの待ち合わせ場所に向かって私は歩いている。

道はちゃんとわかっている。

が、途中まで進んだら道路に大きな亀裂が入っていて、その先に行けなくなっていた。

亀裂は深く、足元には砕けたコンクリートの塊がごろごろと転がっている。

降りてみようとしたが、どうにも無理そうだ。

仕方なく、迂回路を通って目的地に向かうことにした。

すぐに着けると思っていたのだが、迂回路は予想以上に長く、なかなかゴールに近づけない。

歩いているうちに、稲荷神社の脇を通った。

と、その瞬間だ。

私はいきなり、天啓のようなものに打たれて立ち止まった。

「そうか! 私の神様はお稲荷さんだったんだわ!」(←おいw)



なんのこっちゃ、と今では思うが、夢の中では大発見というか、頭の中がパァーッと光に照らされたような気がして、ものすごく納得したと同時に強烈な感銘を受けた。

そうか、そうか! 私はずっと狐を探していたのね!

それがわかっただけでも生きてきた甲斐があるというか、人生の目的はこの発見だったのよ、私はついに私の神を見つけたんだわ!

と、感動に打ち震えている真っ最中に目が醒めて、起きてもまだ興奮冷めやらず、「お稲荷さんにお参りに行かなきゃ!」などと考えてしまった。

完全に寝ぼけてましたね(笑)。



でもまぁ、信仰心などはないものの、私は昔からお稲荷さんが好きである。

道を歩いていて稲荷神社のそばを通りかかると、ついつい寄ってしまう習性がある。

立派な神社より、むしろ小さなかわいいお稲荷さんの方が好きだ。

そこに祀られた狐の像を飽きもせず眺めたり頭を撫でたりする。

今住んでいるマンションの近くには庭先に小さな小さなお稲荷さんを祀っている民家があって、通るたびにめちゃくちゃ気になるのだが、よその家なので気が引けていつも横目で見ながら通り過ぎている。

稲荷神は商売繁盛の神と言われているが、べつに商売繁盛には興味ないし、そのご利益にあやかりたいとも思わない。

ただちょっとだけ狐に触りたいのだ。

狐、いいよね。かわいいし。



とはいうものの、幼い頃はお稲荷さんが怖くて、よく夢で狐の面に追いかけられてうなされていた。

その夢を見る時は、眠る前から予感がある。

怖くてたまらないので眠りたくないのだが、ついつい眠ってしまって、案の定、そいつが現れる。

私は夢の中であやとりをしていて、両手の間の糸がぴーんと張った瞬間、ぐにゃりと狐の顔に変わって大きな口で笑うのだ。

今なら狐好きなので大歓迎なのだが、小さい頃はその顔が怖くて仕方なかった。 

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