女王様のご生還 VOL.238 中村うさぎ

夢を見た。

友人が膝の上のノートパソコンを眺めながら、私に言う。

「中村うさぎのエッセイが面白くないっていう書き込みが、ものすごい数、殺到してるよ」

それを聞いた私は別に驚く事もなく、きわめて冷静に、

「そりゃそうでしょ。自分でも面白くないって思ってるもん」

こう答えたところで目が醒めた。



あまりにもリアルな夢だったので、しばらくの間、それが夢なのか現実にあった事なのか、よくわからなくて混乱していた。

そのシーンに夫の姿もあったように記憶していたので、夫に尋ねてみたところ、そんな事実はないと言う。

「夢に決まってるでしょ。そもそもそんな書き込みを見たとしても、誰もあんたに言わないわよ」

「そう? べつに言ってくれても私は全然構わないんだけど?」

「あんたがよくても、誰も言いたくないと思うわ」



そういうものなのか。

まぁ確かに、私だって友人への批判をネットで見かけたとしても本人には言わないな、たぶん。

すごくリアルだったけど、あれはやっぱり夢だったようだ。

でも、きっと意味のある夢だ、と、私は感じた。



夢の大半は、ほとんど意味がない。

記憶や感情の断片が脈絡もなく繋げられた奇妙なジグソーパズルみたいなものである。

フロイトやユングが言うほど、私は夢に重要な意味を感じない。

が、ごくたまに、ものすごく意味のある夢を見る事がある。

それは、私の無意識の奥底にいるもうひとりの私からのメッセージだ。

意識の上では「私は大丈夫」と思っていても、じつは全然大丈夫じゃない時がある。

前の結婚の末期がそうだった。

当時の私はかなり精神的に追い詰められていたのだが、自分ではそれと気づかず、何とかやっていけると思っていたのだ。



だが、ある日、夢を見た。

見知らぬ女性がビルの屋上から飛び降り自殺をする夢だ。

会った事もない女なのに、夢の中の私は何故か「夫の愛人だ!」と確信し、慌てて屋上に駆け上り、その背中に叫んだ。

「あんな男のために死ぬ必要ないから!」

だが彼女は飛び降りてしまい、地面に叩きつけられて、血だまりの中で断末魔の馬のように脚をひくひくと痙攣させていた。

目が醒めた後、強烈な後味の悪さを抱えつつ、私は考えた。

そうか、あれは私だったんだ!

屋上から飛び降りて死んだのは、私自身なのであった。

私はもう死の一歩手前くらいまでギリギリの精神状態だったのだが、そんな自分に気づいていなかった。

だから無意識の底の私が夢でメッセージを送って来たのだ。

「あんな男のために死ぬ必要ない!」と。



私は神も心霊現象も信じないが、「無意識の力」は信じている。

我々の無意識は、自分が思っている以上にさまざまな事象を観察し、思考を巡らせているのである。

ラノベを書いていた頃は、この無意識に随分と助けられた。

自分でも驚くようなアイデアがいきなり降って湧いたりする。

「神が降りた」と表現する作家もいるが、私はこれを無意識の力だと解釈している。

私がパソコンを睨みながらあれこれと考えている以上に、無意識はフル回転であらゆるストーリーを模索しているのだ。

そしていきなり、ボールでも投げるようにポーンとアイデアを放って来る。

私がそれをうまくキャッチできれば、目の前がパッと開け、物語は予想外の方向に転がり始める。

あとは暴走しないようにうまく手綱を取りながら、それを書き綴っていくだけだ。



このような体験を何度かしたおかげで、私は自分の無意識に深い信頼を寄せるようになった。

だが、無意識の神様は気まぐれで、ある時期からぷっつりと通信を断ってしまった。

途端に私は書けなくなり、いくつかのシリーズ作品を未完のまま投げ出す羽目になったのだ。

当時の読者には本当に申し訳ない事をしてしまった。

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