女王様のご生還 VOL.23 中村うさぎ

物心ついた時から今まで、自分が女であることを疑ったことがないので、私には「性同一性障害」の人たちの違和感や苦しみを共有することができない。

が、彼ら彼女らが「自分は間違った性別で生まれてきた」と言うのなら、きっとそうなんだろうなと思う。

じぶんがその感覚を理解できないからといって、無下に否定する気はない。

ただ、彼ら彼女らの話を聞くたびに「人が自分の性別を確信する根拠って何だろう?」と考えずにいられない。



私の場合、幼い頃から「女の子」として育てられたし、着せ替え人形や童話のお姫様に強い憧れを抱いていたので、スカートを穿いたりヒラヒラした服を着ることに何の抵抗もなかった。

むしろ、「もっとヒラヒラさせろーっ!」と思っていたくらいだ。

お姫様になりたかった当時の私は、自分の家がお城じゃないことにいたく失望しており、何かの間違いではないかとさえ思っていた。

そういう意味では「性同一性障害」ではないが「身分同一性障害」だったのかもしれない(笑)。

まぁ、さすがに小学生くらいで「私はお姫様になれない」という現実を受け容れましたが……いや待て、それから約30年後のマリー・アントワネット並みの浪費バカぶりを考えると、本当は受け容れてなかったのかも。



ま、それはともかく、だ。

幼い私がお姫様なんかに憧れもせず、男の子のような服装を好んだとしても、それは単なる「服の趣味」の問題として私の中で片付けられ、己の性別に対する違和感にまでは発展しなかったと思う。

今の私なら「自分が女であると確信している根拠」を問われれば「だって女性器があるし子宮も卵巣もあるし」などと肉体的特徴を並べるだろうが、子どもの頃は自分の女性器の存在も知らなかったし子宮や卵巣の知識もなかった。

ならば何故、「私は女の子」という揺るぎなき自信を持ってたんだろう?

周囲にそう言い聞かせられていたからか?

それとも、自分にチンコがないのは明白だったので、「チンコがない=男の子ではない=女の子」という結論に行き着いたからか?



それでは、もし私にチンコがあったとして、にもかかわらず周囲から「おまえは女の子だよ」と言い聞かせられてたら、私は自分の性別をどう規定しただろうか?

そんな目に遭ったことがないので何とも言えないが、「女の子なのにどうしてチンコがあるんだろう?」と疑問を抱き、「いや、私、本当は男じゃないのか?」と疑ったんじゃないか、という気がする。

何故なら、人間にとって「目に見える証拠」ほど盤石に感じられるものはないからだ。

そう考えると、生まれつきチンコがあるのに「私は本当は女の子だ」と確信できる性統一性障害の人たちの根拠がどこにあるのか、非常に不思議である。

彼女たちは多くの人たちから「でも、あんた、チンコあるじゃん!」と言われ続けたに違いなく、そのたびに「いや、これは身体が間違ってるから」と答えてきたのだと思う。

でも、普通は「身体が間違っている」という発想よりも、「自分が間違っている」と思ってしまうのではないか?

いくらスカートが穿きたくても、男の子の遊びより着せ替え人形やおままごとが好きだったとしても、お母さんの口紅を塗ってみたくて仕方なくても、チンコがある以上、「自分は男の子である」というアイデンティティは揺るがないのではないか?



その証拠に、性同一性障害ではないゲイの子たちは「自分は女っぽい」と自覚しつつも、「自分は女である」とは思わなかったと言う。

自分の性的嗜好が間違っているのではないかと悩みこそすれ、自分の肉体が間違っているとは考えないのだ。

ゲイと性同一性障害のこの「性アイデンティティ」の違いは何に起因するのか、私は知りたくて仕方がない。

脳の認知機能なのか? 生育環境なのか? ホルモンなのか? 染色体なのか?

ねぇ、みんな、知りたくない?



もうひとつ、「MTF(男性から女性に性転換した人)」の人たちと話してて感じるのは、「女とは何を以て女と言えるのか?」という問いである。

彼女たちは肉体を改造して乳房や女性器を持ち、ホルモン注射のおかげで女にしか見えない外見だし、何より本人が自分を女だと思っているのであるが、子宮も卵巣もないので生殖機能はない。

その一点だけを見ると「やっぱ女じゃない」と言いたくなる人もいるだろう。

でも、それでは閉経や子宮摘出手術などで生殖機能のなくなった女は「もはや女ではない」と言い切れるのか?

現に私は閉経して久しいが、自分が女でなくなったとは思ってない。

外見のみならず、いろんな意味で「女」だと感じる。

よく「うさぎさんは男っぽいですね」と言われたりするが、そのたびに「どこが?」と驚いてしまうくらいだ。

私がそう問うと「発言がハキハキしてて潔いから」などという答が返ってくるけど、潔くない男なんて星の数ほどいるだろう。

これは「男らしさ」「女らしさ」というジェンダー幻想に他ならない。

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