女王様のご生還 VOL.248 中村うさぎ

どんなに頑張ってもとうてい理解できそうにない人間に、激しく好奇心を掻き立てられる。

なんでそんな事をするんだろう、何を考えているのだろう、この人の目には他者や世界がどう見えているのだろう。

シリアルキラーが大好きなのも、この好奇心のせいである。

シリアルキラーの脳をハッキングして、その目で世界を見渡してみたい。



統合失調症の人々も、私にとっては「理解の及ばぬ他者」であった。

「殺せという声が聞こえた」と統合失調症の殺人者は供述する。

だがもちろん彼にそんな言葉を囁いた者はおらず、それは本人の脳内の声だ。

どうして彼は、自分の考えを「誰かの声」と認識するんだろう?

自己モニタリング機能が壊れているからだと聞いたことがあるが、そもそも我々はどうやって自己と他者を区別しているのだろう?

自他の区別がつかなくて自分の考えが他人の声として聞こえる人たちは、いったいどんな世界に住んでいるんだろう?



ある本を読んだ時、その疑問が氷解した。

そこには「統合失調症の患者は、夢の中に住んでいるようなものだ」と書いてあった。

ああ、そうか! そういうことか!

確かに我々は夢の中で、自分の脳内の声を「他者の声」として認識しているじゃないか!

夢の中で誰かと会話している時の事を思い出してみよう。

相手の声ははっきりと聞こえているのだが、それはべつに睡眠中の私の耳元で誰かが喋っているわけではなく、現実には存在してない脳内の声を「他者の声」として聞いているに過ぎない。

夢を見ている時の私は、まさに幻聴を現実の声だと認識しているのだ。

さらに統合失調症の人はとてつもなく意味不明で理屈に合わない思考をするものだが、我々だって夢の中では荒唐無稽な世界を平然と受け容れ、支離滅裂な行動を取る。

たとえば私は昔、いつもの通勤電車に乗ってイタリアに行った夢を見た。

なんで日本の電車でイタリアに行けちゃうんだよ!と、目覚めてから自分の夢にツッコんだが、夢の中では不思議とも何とも思わず、「ああ、イタリアに来ちゃった~」などとのんびり考えていたのである。

もし現実世界で「ここはイタリアでしょ!?」などと渋谷駅で主張している人を見たら間違いなく「こいつ頭がおかしいな」と思うだろうけど、夢の中ではその理屈を当然のように受け容れてしまうのだ。

ふむふむ、納得。

これで私は、今まで「理解できない」と思っていた統合失調症の世界をいくらか実感したような気分になったのである。

この「腑に落ちた」感(アメリカ人なら「aha!」とでも形容するのかな)は私に、目の前の扉が開いて外の景色が目に飛び込んできたような鮮烈な快感を与えた。

いやほんと、目からウロコが百枚くらいぼろぼろと剥がれたような気がしたよ。



以来、私はこの快感を求めて「理解できない他者」についてあれこれ想像するのを楽しみにしている。

先日は「いろとりどりの親子」というドキュメンタリー映画を観て、そこに登場する自閉症児に衝撃を受けた。

彼は言葉を喋らない。

「あー」とか「うううー」とか意味不明な叫び声をあげて暴れまくるだけである。

当然コミュニケーションが取れないので、周囲は彼が何を考えているのか全然わからない。

彼は言葉を理解できないのだ、と、みんな思っていた。

ところが、ある専門家が彼に文字を教えてアルファベットを指し示すように教えたところ、彼は非常に流暢に自分の気持ちを文章で綴ったのである。

「僕は頑張って努力してる。僕は賢いんだ」

これには驚いた。

ちゃんと文章が綴れるほど彼は言葉を理解していたのだ。

つまり、彼の脳内には「言葉」が存在していたのである。

なのに何故、彼は言葉を喋れないのか?

彼は聾唖者ではない。

耳も聞こえるし発声器官にも問題はなさそうだ。

言葉を理解しているし、言葉で自分を表現する能力もあるのに、何故、文字でしか言葉を伝えられないのか?

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