自分の意見とは何だろうか?~武田邦彦集中講座 知識と議論~

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◆同じ情報、同じ経験をしていても、人によって意見が大幅に違うのはなぜか

現代はバッシングの時代ともいえる。これまで社会に対して発信する手段のなかった人たちが、ネットができたことによって世界中に自分の考えを知らせることができるようになったのだから、それは大変なことだ。事実、全く無名の人でも、もし面白い動画を出せば、時に何100万人という視聴者を獲得できるのだから、別の世界に入ったようなものだ。

でも、良いことには必ず悪いことがいくらかは付きまとう。「誰でも自由に発信できる」という権利を得たのだから、それに伴う苦痛とか義務を考えておかなければならない。ネット社会が発達すると社会全体が狭くなり、かなり前に自分が発信したことがブーメラン化して、自分に突き刺さってくる可能性が高くなるからだ。そしてネットは場所を変えても追ってくるので逃げにくい。

そこで、このシリーズで、

1)人間の大脳と本能の関係

2)思考回路と先入観の関係

3)意見を決める順序

を整理し、自分の発信が将来の禍根にならないようにする方法を探ってきた。今回は最終回で、最後に自分の考えを決めるためにどうしても必要なこと、「知識と議論」について考えてみたいと思う。

人間は人によって考えが違うものだ。当然のようにも思えるが、じっくり考えると奇妙だ。もし、NHKが正しく、かつ日本国民が知らなければならない情報を放送してくれたとすれば、日本人全員が同じ知識を持つのだから、ほとんど同じ意見になるはずである。「事実」が同じで、「整理」も同じなら、そこから推論される「結果」もほぼ似てくるだろう。それにNHKはすでに70年以上も続いているので、先入観という意味でもかなりの部分を占めるはずなのである。

でも、これほど意見の違う人が多いのはなぜだろうか?

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