アニメの珍味 第5回「音にこだわる(その5)」

●『ルパン三世』の音世界

 今回は、『ルパン三世』の音の話をしましょう。

 『ルパン三世』は、1971年にTV放映されたシリーズがアニメとしてはオリジナルです。青年誌掲載の原作を雰囲気もそのままにアニメ化するという企画は、まだまだ「テレビまんが」という認知しか世間になかった当時としては挑戦的なものでした。

 暴力も殺人もあればセックスもあり、主人公たちは倦怠感にあふれて力を抜いたポーズをして……という「大人」の雰囲気に満ちたもので、当時中学生だった筆者自身、ホントに親に隠れて見るって感じのドキドキものでしたね。

 その大人の雰囲気に関わる重要ポイントが、「音」でした。英語の勉強用に買ってもらったばかりのカセットテープで主題歌やBGMをテレビから直接録音して何度も聞いたものです。カセット自体が新しい規格だったころで……主題歌も挿入歌も「英語」というのが格好良かったわけで、「サード」でなく「Third」と「th」とか「ir/er」の日本語にない音が「未知の世界=オトナ」感覚とも一体だったわけで。表面的にはこれも英語の勉強の一環と無理矢理自分を納得させたりして(笑)。

 まあ、それくらいルパンの「音」はアダルトな作風と密接だったわけです。'70年代後半に続々と旧作のBGM集が出るようになったとき、音楽のアルバム化が切望されたのも当然でした。ところが、そのBGMの音源テープはすでに行方不明となっていたのです。

 音楽テープもマスターはただの物体、6ミリテープですから、たとえば事務所の引っ越しくらいのことでも、どこかに紛れ込んだり、ゴミに出されたら終わり、なわけです。皆さんも学校や会社で片づけをすると、ものがなくなるでしょう。あれと同じです。

 さて、そういうわけで『ルパン三世』のBGM集はオリジナルのまま出すことができませんでした。そこで、かつて1980年に作曲の山下毅雄自身によってアルバムの新録音が行われました。それが「ルパン三世~山下毅雄オリジナル・スコアによる「ルパン三世」の世界~」です。しかし、もともと山下毅雄の音楽そのものが即興性の強い、ジャズ風セッションによるものであったがために、演奏するたびに違うわけで、やはりオリジナルとはかけ離れたものになってしまったのです。

 以後、20数年が経過しても、マスターテープ、ないしはそのコピーは発見できず。近年ルパンのカバー、トリビュートアルバムで再評価が高まっても、オリジナルは失われたままで、その捜索はある種「永遠のテーマ」のようになっていったのでした。

●MEからの復元作業

 ところが、そこにまた別の道が浮上してきました。それは「MEミックス」の採用です。

 アニメに限らず、フィルムを使った映画制作では音のパートは「D:ダイアローグ(セリフ)」「M:ミュージック(音楽)」「E:エフェクト(効果音)」、3種類の音素材から成り立っています。これを合体させる作業を「ダビング」というわけですが、その際にMとEだけをミックスするものも作ります。要するに、歌で言うところの「カラオケ」みたいなものです。これは海外輸出の目的で作るもので、売った先でアフレコだけをやり直せば良いように制作しておくものです。LDやDVDの特典音声として収録されていることもありますね。

 『ルパン三世』もMEミックスは残っていたので、オリジナルBGMはなくとも、効果音のかぶっている音楽だったら聴ける、という状態でした。そこで、「ミュージックファイル」シリーズでおなじみバップの名物ディレクター高島幹雄さんが執念で、MEを活用してまとめたのが、「ルパン三世'71 ME TRACKS」(VPCD-81271)です。

 MEを使って音楽を聴こうというのは、ちょっと簡単そうに受け止められるかもしれませんが、少しでもフィルムの音響制作の知識があれば、これがどんなに無茶な話かは容易に推察できます。まず、音楽は「溜めどり」と言ってフィルムの制作前にストックとしてまとめて録音するシステムです。フィルムが完成してから、尺に合うように音楽を途中で切ったり、テープの切り貼りで増やして加工します。

 加えて複数の話から音楽の効果音のかぶっていない断片を拾い集めてきてひとつの曲にしたとのことですが、これもまた気が遠くなるような話です。アナログテープは録音・再生が常に一定とは限らないからです。回転数が微妙に異なったり、ヘッドタッチの差で音色が変わるはずですし、セリフが入ってくればフェーダーで音楽のレベルを落としたりもするので、音の大きさも微妙に変化していたはずです。同じ曲でも別の回のものとつなげれば、ピッチもレベルもガタガタになるわけです。

 これを補正したというのは、いくらデジタル録音技術を駆使したとはいえ、さぞかしディレクターとエンジニアは苦労したと思います。執念が可能にしたことでしょう。

●乾いた世界の効果音

 このアルバムで、嬉しいことがありました。それは、発想の逆転で効果音をノイズとせずに「臨場感」という観点で編集が行われていることです。

 「ルパン三世らしさ」というのは人によって感じ方が違うでしょうが、私としてはこの効果音に思い入れがありました。

 オープニングを少し検証してみましょう。第1カットは、「一発の銃声」から始まります。タイトルが描いてあるガラス板が弾痕とともに割れ、短いブリッジ音楽。やがてエンジン音が遠くから聞こえベンツSSKが飛び込んで来る──つまり、印象的な効果音がファースト・インプレッションの重要な構成要素なわけです。

 「ルパン=アダルト」という期待されるイメージどおりに、オープニングの映像は構成されていますが、その要所要所で効果音が活躍しています。気持ちよさそうにベンツSSKを駆るルパンには空気を圧縮した厚みを感じる排気音、次元が腕でこするように回すリボルバーの弾倉にはいかにも歯車が回転している軽い機械音、スイッチにかけられた足が上下すると刺々しいクリック音がして、重苦しい爆発音とともに雪の山小屋が爆破される。サーチライトの中を逃げるルパンにはマシンガンの音。ストップモーションになると同時に最後の銃声も空気を引き裂くような残響音に変わる──最高に格好良いのは、無節操に音をつけていないことです。残響音を活かすために続く不二子のバイクやマシンガンの激しい映像は効果音をオフにして音楽のみで押し、ラストの崖から落ちる場面のみふたたび効果音をオンにしている。こういう部分に「大人の演出」を感じて痺れたわけです。

 さて、改めて本編で使われたMEを聴いてみると、これが効果音+音楽で「大人のルパン音」を感じさせてくれて、実に良いんです。一番特徴があるのは、「靴音」ではないでしょうか。効果音の役割がいくつかある中で、臨場感を出すために靴音をどうつけるのかは、効果マンの基本中の基本ということですが、実に味のある靴音なんですね。堅く乾いたコンクリートをなするような「カシュ……カシュ……カッカッカ……ズガシュウ」という感じの音。それがドライでハードボイルドな世界観、あるいはルパンのキャラクターと一体になっているのが、MEを聴いているとよく判ります。

 そこに注意しながら改めて映像を鑑賞してみると、旧ルパンは靴音が過剰につけられていることが判ります。会話をして身を乗り出すときに、ふと足が地につくだけで靴音がしているくらいで(笑)。その上、レベルも耳に際だつよう大きめになっているんですね。これになじんでから、後世の作品──『カリオストロの城』や『アルカトラズ・コネクション』を観察すると、なんだか靴音が控えめに感じて物足りなくなってきます。

 もちろん靴音は、音単体で成立しているわけではありません。ごく初期の大隅正秋演出作品では、ルパンの足首はひょろ長い脚の先端に極端に大きく描かれており、キャラクター設定的にそうである上に、映像も靴のみのアップ、足首ナメ、地面すれすれに置かれたキャメラに足のフレームイン、など「でかい足」を強調するものが多い。それと一体になったことです。

 人殺しもすれば打算的で功利的、しかし倦怠感のただよっていたルパンの初期キャラクターは、実はこの「でかい足がコンクリートをこする」ことで大きく印象づけられていた部分も大きいのではないでしょうか。ルパンのキャラクターが時間とともに次第に変化していった中で、性格や絵柄のことはよく指摘されるのですが、こういったキャラの特徴と効果音の連携に着目するのも、面白いことだと思いますね。

【2001年9月28日脱稿】初出:「月刊アニメージュ」(徳間書店)