女王様のご生還 VOL.88 中村うさぎ

前回「新潮45」休刊についての感想を書いたが、やはりあの騒動を批判したのは私以外に何人もいたようで、その人たちの寄稿を興味深く読んでみた。

その中にはあの杉田水脈氏よりも過激な意見もあって、まったく「何言ってんだ、この人(笑)」と目を丸くしてしまったのだが、それもまた私としては非常に面白かった。

なんかもう理屈もへったくれもなく「俺は同性愛者とか嫌いだし、絶対に許せんのっ!」的なヘイトを持ってる人って、やっぱりいるんだよね。

そういう人が存在しないかのような社会および言論界って、やっぱ欺瞞的でしょ。



それで思い出したのが、1998年の映画「アメリカン・ヒストリーX」だ。

現代アメリカ社会に根強くはびこる人種差別、黒人と白人間のヘイトをテーマにした作品だが、その冒頭部分に主人公の男子高校生の書いた読書感想文が教師たちに問題視されるシーンがある。

彼は白人至上主義の兄に強い影響を受けていて、学校の読書感想文の課題にヒットラーの「わが闘争」を選びヒットラーを絶賛したために、教師から叱責を受けるのだ。

たしかにヒットラーの「アーリア人至上主義」は根拠薄弱な人種差別思想であり、そのため膨大な数のユダヤ人が虐殺されるという重大な悲劇を招いた。

「自由と平等」を掲げるアメリカ社会がヒットラー的思想を容認するはずはないし、自分の学校の生徒がヒットラーを尊敬していると知ったら教師は大いに危険視するだろう。

が、だからといって、アメリカ社会に人種差別感情が完全になくなったわけではない。

それどころか現代アメリカでは、「行き過ぎたアファーマティヴ・アクション」を批判しますます人種差別感情を募らせる白人たちが増えている。トランプ当選がその証拠だ。



結局、どんなに差別的言論を封じ、法律や規則によって差別撤廃を目論んだところで、人の心から差別感情やヘイトが消えるわけではないのだ。

表面上はなくなったように見えても、水面下でそれはくすぶり続ける。

そして、既得権益を剥奪された者たちの恨みや怒りがそこに結びつき、強い「憎悪」が生まれるのだ。



「LGBT保護が行き過ぎている」という考えは、「アファーマティヴ・アクションが行き過ぎている」という主張と同じものだ。

私もアメリカの「アファーマティヴ・アクション」がはたして有効なのかどうか疑問である。

だから、そういう意味では、杉田氏の主張もわからないわけではない。

「生産性」云々に関してはいかがなものかと思うが、そう感じる人がいることに驚きも違和感もないのだ。

その杉田論文の尻馬に乗って、日頃からLGBTを苦々しく思っていた人たちの不満やヘイトが一気に表沙汰になる現象も、「やっぱりね」といった感じだ。

そして、こういう膿みは出しておいた方がいいのだ、と思う。

公の議論の俎上に載せて、思う存分、双方が言い合えばいいのだ。

前回も言ったが、「口を封じる」のではなく「口を開かせる」ことが大事なのである。

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