女王様のご生還 VOL.140 中村うさぎ

10歳くらいのかわいい双子(たぶん)の女の子が軍服を着てロシア民謡「カチューシャ」を歌っている動画をYouTubeで観ているうちに、ふと「この子たちだって時代が違えばチカチーロの餌食になってたのかなぁ」などと不穏な想像をしてしまった。



チカチーロは1978年から1990年にかけて52人の少年少女を惨殺した旧ソ連のシリアルキラーである。

当時、ソ連政府は「シリアルキラーなどというものは邪悪な資本主義社会の産物だから、わが国には存在しない」と信じていて、そのため捜査が大幅に遅れて犠牲者の数が膨れ上がったという。

こういう荒唐無稽な言説を大真面目に信じているあたり、思想というのは本当に宗教だよなと苦笑してしまう。

もちろん、どんな国にもシリアルキラーは存在するのだ。



チカチーロの興味深いところは、彼の犠牲者が男女を問わなかったことだ。

たいていのシリアルキラーは犠牲者の性別が一貫している。

ノンケのシリアルキラーは女性ばかり狙うし、ゲイのシリアルキラーは男性だけをターゲットにする。

だがチカチーロの犠牲者には少年も少女もいる。

ほとんどが子供であるが、これはチカチーロが小児性愛者だったからなのか、単に子供の方が襲いやすかったからなのか、判然としない。

何故なら彼は成人女性も手にかけているからだ。

ペドフィリアなら絶対に成人女性を対象に選ばない。



性別に一貫性がないうえに年齢にも拘りがない……こんなシリアルキラーは珍しい。

「誰でもよかったのかよ!」とツッコみたくなるが、もしかすると彼自身にも己の性癖がわからなかったのかもしれない。

一応、妻もいるし子供もいるが、常に勃起不全に悩まされており、性体験はかなり乏しかった。

性癖と呼べるほどの性的志向が固まるより先に、劣等感や不全感や屈辱感でいっぱいいっぱいになっており、誰かを殺すことで初めて万能感を味わえたのだろう。

彼は自分に「力」を味わわせてくれる相手なら本当に誰でもよかったのだ。

その手当たり次第な感じが、私の心を激しくざわつかせる。

シリアルキラーというのは、ある意味、人間なら誰でも持つ攻撃的資質のエッセンスを凝縮したようなシンボル的存在だと思うのだが、彼の滅茶苦茶さはもはや何のシンボルにもなり得ない。

まるで「類型化」を拒んでいるかのようだ。

そこが他のシリアルキラーに比べて際立って難解であり、「なぜ?」と問いかける気さえ失わせる。

一体、彼は何をしたかったのだろう?



最後の方の彼は殺害を隠そうすらせず、返り血を浴びたまま歩いていて警察に逮捕される。

捕まりたかったのだろうか?

いや、そういうわけでもなさそうだ。

被害者の口紅で壁に「誰か俺を捕まえてくれ。これ以上、人を殺さないように。俺は自分をコントロールできないんだ」と書き残したウィリアム・ヘイレンズのような切実な感じがそこにはない。

自分でも何をしているのかわからない、ただやらずにはいられない……そんなとりとめのなさがチカチーロの特徴であるように思う。

彼は教師や技師などの仕事を転々としているが、しばしば職場で自慰をしているところを目撃され、生徒や同僚からバカにされていたという。

職場で自慰をしてもいいが、普通、人に見られないよう細心の注意を払うだろ!

そんなところにも、彼のまるで半夢遊状態のごとき「ぼんやり感」が窺われ、殺害対象の一貫性の無さや後始末の杜撰さなどとと相俟って、彼というキャラクターの輪郭がぼやけまくるのである。



残忍な殺害方法から、彼が非常に激しい怒りに駆られていたのは想像がつく。

が、それ以外は一切掴みどころのない幽霊のようだ。

裁判中に檻の中で禍々しい笑いを浮かべるスキンヘッドの彼の写真は有名だが、それはあくまで逮捕後のキャラであって、捕まるまでの彼は地味で目立たずまったく印象に残らないタイプであった。

ぼんやりと現実を浮遊しているだけのクラゲ男……それがチカチーロである。

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