女王様のご生還 VOL.132 中村うさぎ

先週はメルマガお休みしちゃってごめんなさい。

先々週のメルマガオフ会の翌日から体調を崩して寝込んでしまい、それでもその週は打ち合わせなどが入っていたので無理して連日外出したら風邪をひいてしまいました。

そのまま、いまだに体調が思わしくありません。

今日も胃が重くて身体がだるく、食欲もあまりない。

一応、おなかは空くんだけど、何も食べる気がしないのよね。

ずっとベッドの中でぐったりしてる日々。

病気というより、生きる気力がないのかも(苦笑)。



こんなに気力も体力もなくなって、自分は何のために生きてるんだろう。

そんなふうに思うたび、やりたいことや欲しい物があった頃は幸せだったのかもしれない、と今にして感じる。

当時はべつに幸せなんて思ってなかったけどね。

楽しかったけど、その分、苦しかったし、当時は当時で生きていることをありがたいとも思わなかった。

寝ている間に死んでしまえたらどんなに楽か、と思ってたわ。

今もそれは同じ。

寝ている間に死ねたらそれが一番だと思う。

要するに私は、ジェットコースターみたいに生きてた頃も、ガス欠になって停まったままの現在も、生きてることが嫌で嫌で仕方ないのだ。



映画などを観ていて、殺されそうになった人が必死で命乞いしているシーンになると、いつも「なんでそんなに生きたいんだろう」と不思議でならない。

痛かったり苦しかったりするのは嫌だけど、銃でズドンと撃たれて即死できるなら、むしろラッキーじゃないか。

だって、どうせいつかは死ぬんだよ?

しかも、どんな死に方ができるのかわからないし選べないんだ。

病魔に侵されて苦痛にのたうちまわって死ぬかもしれない未来を考えたら、一瞬でさくっと死ねる方が嬉しい。



いつから「ああ、早く死にたい。楽に死ねるものなら今すぐ死にたい」と思うようになったのかと記憶を掘り返してみると、かなり若い頃からだったような気がする。

20代の頃には、既にそんな感じだった。

もしかしたら小学生くらいから「もう生きるのめんどくせー」と思ってたような気もする。

積極的に死ぬ気はないが、いつ死んでもべつにいいや、という感覚だ。

生きているのが辛いのではなく、ただただ面倒くさいのだ。

恋をしたり遊んだり仕事に熱中したり……その時期その時期で何かしら夢中になれるものはあったが、今にして思えば、それも一種の退屈しのぎだったのかもしれない。

目標なり達成感なりがないと、たちまち灰色の憂鬱の霧にまかれてしまうからだ。

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